24.茶会

「団長と副団長だけズルいです……私もグレイシア様のドレスアップしたお姿が見たかった。叶うならエスコートをして、ダンスのお相手を……」


 団長執務室の床に行儀悪くも座り込み、応接セットのテーブルに頬を預けて不貞腐れているのはセレナだった。仕事があって夜会の護衛にはつけなかった事を恨めしげに愚痴っている。


「綺麗だったぞ」

「あぁぁぁぁぁぁ! 見たかったぁぁぁぁぁぁ……っ!」

「煽らないで下さい」


 書類を片手に、逆手には紅茶のカップを持ちながらリオレイルが短く言うと、更にセレナは項垂れる。その様子を呆れたように眺めるのはカイルだった。

 カイルはリオレイルとは少し離れた場所にある自分の机に座り、書類にペンを走らせている。



「セレナの声、外まで聞こえてるぞ」


 ノックも無しに入ってきたのは副団長のアウグスト。何度言っても改善しないマナーはリオレイルもとうに諦めている。


「副団長もズルいです……」

「お姫さんだろ、綺麗だったぞー。女神なんて言われるのも間違っちゃいねぇな」

「グレイシア様は紛うことなき女神です」

「急に真顔になるのやめて。怖い」


 アウグストとセレナの遣り取りはいつも騒がしい。慣れているリオレイルは気にした様子もなく、書類を眺めている。余りにもやかましくなればカイルの雷が落ちるだろう。


「セレナ、今日はリオレイルんちでお茶会やってるぞ」

「はい!?」

「キャル達が行ってる」

「どうして私はこんな日にお仕事なんでしょうか……」



 アウグストがリオレイルを迎えに来たのは早朝の事だ。いつもは迎えに来る事なんてしないのに、にやにやと笑った悪友はリオレイルの肩を抱いて茶会を開くよう強請ったのだ。


 アウグストの娘であるキャロラインの他に、セシリア嬢とアンヌローザ嬢。

 昨夜の夜会でも親しくなれそうな三人だ。グレイシアも共についた朝食の席でそれを聞いて喜んでいた。その弾むような表情を見たリオレイルに迷いは無かった。急な話だが優秀な執事達は茶会の準備に手間取る事もないだろう。



「どこかに呼ばれた茶会ならお前を護衛につけるが、今日はうちだからな」

「団長、よそのお茶会にグレイシア様を出す気なんてないじゃないですかぁ」

「違いねぇ。お前がそんなに独占欲の塊だなんて知らなかったぜ」


 揶揄からかうような悪友の声は、聞かない振りをする事に決めた。書類に決済の署名をすると傍らに詰まれた書類の束を引き寄せる。

 まだ遣り合うセレナとアウグストの声は無かったものとして、リオレイルは仕事を進める事にした。脳裏によぎる、夜会でのグレイシアの艶姿を振り切るように書類に没頭したのだった。




 穏やかな午後の時間だった。

 公爵家の裏庭にある東屋のテーブルには白いクロスが掛かっている。縁に刺繍された青い鳥が可愛らしい。

 東屋の壁に沿い、ぐるりと囲むように作られているソファには小さめのクッションが並べられていて、居心地が良くなるよう気遣いがされている。


 テーブルにつくのはグレイシアと三人の令嬢。

 ふわふわとした茶色の髪を背に流し、柔らかく微笑む美少女はセシリア・コスモディア伯爵令嬢。

 金髪をまとめて左の肩から胸元に流し、艶めかしい色気を醸し出している美人がアンヌローザ・フェンネル侯爵令嬢。

 ピンク色の髪に大きな青いリボンを飾っている、今日も顔を赤らめている美少女がキャロライン・サザーランド伯爵令嬢。


 急なお茶会になったけれど、元々の発案者はセシリアらしい。それをキャロラインが父に伝えて、今朝の来訪になったという。


「急にお伺いしてごめんなさいね。昨夜はゆっくりお話出来なかったから」

「いいえ、来てくれて嬉しいわ。ありがとう」


 セシリアは言葉を崩している。お友達と言ってくれた昨夜の言葉に偽りはないようで、応えるようにグレイシアも倣った。


「グレイシア様が庇ってくれたのが嬉しかったんだけど、昨夜はお礼もちゃんと言えなかったし」

「あれはわたしの為に用意されたワインだったと思うの。それに、助けてくれたのはリオレイル様よ」

「公爵様も格好いいところを持っていくのよねぇ。あの魔法、お見事だったわ」

「団長は氷魔法が得意だからな。あれくらい造作もないのだろう」


 薔薇の香がふわりと漂うカップを手にしたグレイシアは、キャロラインの言葉に目を丸くした。口元に寄せる筈だった紅茶のカップが止まってしまう。


「私は令嬢のような丁寧な言葉遣いが苦手なのだ。聞き苦しいかもしれないが」

「キャルはまだ十五歳だけど騎士団に見習いで入っているの」

「そうなのね。私も剣を握るからなんだか親近感がわくわ。良かったら今度お手合わせを」

「グレイシア様がそう言うなら、してあげてもいい」


 顔を赤らめながらふいと横を向き、呟くキャロラインの姿は非常に可愛らしい。そう思っているのはグレイシアだけではないようで、他の二人も微笑ましげに見つめていた。


「それにしても公爵様ったら、随分グレイシア様にご執心だったわねぇ」


 気だるげに笑うアンヌローザの声は愉しげだ。セシリアが笑顔を輝かせてテーブルに乗り出してきた。


「団長様とグレイシア様、どういう関係? もう恋人なの?」

「そんな事はないわ。陛下からの預かりだから、大事にして下さっているだけよ」

「そうかしら? だって夜会に誰かをエスコートするなんて初めてのことよ」

「ダンスも初めて踊ってらしたわねぇ」

「団長が微笑みかけるなど初めてだぞ」


 この三人はやはり気が合うようで、揃えたように言葉を重ねてくる。興味津々と言ったその様子にグレイシアは後退りたくなるも、ソファに座っている状況ではそれも叶わない。その代わりに、視線だけをカップへ逃がした。


「大事な客人として預かっているからよ。皆さんが思うような事なんてないわ」

「公爵様の瞳の色した宝石だってつけていたじゃない。公爵様からの贈り物なんでしょう?」


 その言葉にはっとしてセシリアへ視線を戻すと、彼女は愉しそうに微笑むばかり。アンヌローザもキャロラインも似たような表情だ。

 ただ興味があって聞いているようで、昨日の夜会で他の令嬢が見せたような嫉妬心は微塵も伺えない。


「バイエベレンゼでは違うのかしらぁ。この国ではね、愛する人に自分の瞳の色の宝石を贈るのよ」


 アンヌローザの言葉に、グレイシアは顔に熱が集うのを自覚した。言い返そうとして開いた唇からは言葉が紡がれず、ただ吐息が漏れるばかりだ。


(イルミナージュでもそうだったなんて……!)


「団長様も、グレイシア様の色したチーフタイだったでしょ。お似合いのお二人だと思うんだけど」

「あ、の……リオレイル様は、誰か心に思う人だとか、婚約者だとかのお話はないの?」


 しっかりとリオレイルのタイの色まで覚えられている。気恥ずかしさを誤魔化すように紅茶を飲むも顔の火照りが引いてくれる気配は無い。キャロラインはケーキスタンドからプチケーキを取りつつ口を開いた。


「あの容姿と家柄、騎士団長の名誉もある。言い寄る令嬢は数多と居れど、団長が応える事はなかったな」

「だからグレイシア様は特別だと思うのよねぇ」


(言い方は悪いけれど、よりどりみどりなわけでしょう。そんな人がわたしを選ぶかしら。……煩わしいアプローチから避ける為だとしか。そう、そうだわ)


「なるほど」


 不意に落とした声は自分でも驚くように低かった。何事かとグレイシアを見やる三人の視線は戸惑っている。


「わかったわ、虫除けよ。リオレイル様はいま、誰ともお付き合いする気が無いんだわ。でも令嬢方が放ってくれない。だからわたしを連れて牽制しているのね」

「はぁ?!」


 合点が言ったとばかりに頷くグレイシアの表情は晴れやかだった。対する三人はそれぞれ頭を抱えているが、謎が解けたグレイシアの目には入らない。

 納得したはずなのに、胸の奥にチクリと棘のような痛みが走る。それに気付かない振りをして、グレイシアは紅茶を飲み干した。

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