25.告白

 グレイシアはいつもの日常を過ごしていた筈だった。


 公爵家の“穢れ”は粗方祓い終わって、あともう少し。全てが終わったら満月の夜に“穢れ”を留めていた水晶の浄化をしないといけない。


 執事のリヒトに魔法について習ったり、バイエベレンゼとは違う風土の事を学ぶのも愉しい時間だった。

 毎日の鍛錬はリヒトが付き合ってくれるけれど、時々はセレナが来てくれたり、キャロラインが相手をしに来てくれる事もあった。休日だとリオレイルが相手をしてくれる。

 セシリアやアンヌローザも手紙をくれたり、都合のつく時には遊びに来てくれる。


 充実している毎日だった。



 あれ以来、夜会には参加していないが、リオレイルとグレイシアの事は社交界でも大きな噂になっているとセシリアが教えてくれた。それは好意的なものばかりじゃないのだろうけれど、牽制の意味を保てているならグレイシアにとってはそれでいい。

 自分がリオレイルに出来る事だから、自分の胸の奥、触れる事の叶わない最奥がちりつくのは気のせいだと言い聞かせていた。


 それなのに。

 どうして自分は、リオレイルの腕に抱かれているのだろうか。



 いつもと同じ日だった。

 ただ、帰宅したリオレイルの機嫌が僅かに悪い気もしたが、常の無表情からはっきりとそれが読み取れたわけではない。


 夕食を終えて、サロンでのおしゃべり。

 メイサが紅茶を淹れてくれて、グレイシアがそれに蜂蜜を垂らした時にリオレイルは口を開いた。


「グレイシア、牽制とはどういう意味かな」

「はい?」

「今日、キャロラインに聞いた。黙っているつもりだったようだが、余りにもグレイシアが話を聞かないと言っていてね」

「……何の話をしているの?」


 ご機嫌斜めなのは当たっていたようだ。グレイシアを見つめる瞳が僅かに険しい。リオレイルにそんな視線を向けられる事は今までに無かったので、グレイシアは戸惑いを隠せなかった。


「うちで茶会を開いた時から、君は言っているそうだな? 自分は虫除けだと」

「虫除けは流石に言葉が悪かったから、牽制と言い直したのだけど」

「言い方の問題じゃない。私は君にそんな役割をさせるつもりはないと言いたいんだ」


 リオレイルは溜息をつくとグレイシアが腰を掛けている、ソファの隣へ移動してきた。今までにそんな距離で話したのは、グレイシアがこの屋敷にやってきた晩以来だった。


「キャロライン達が何度、そんな事はないと言っても聞く素振りがないと嘆いていた」

「……でも、そうでしょう?」

「グレイシア、君は私の話を聞いていたのか」

「聞いているわ。あなたにそのつもりが無くたって、周囲から見たらわたし達の間に何かあるように見えるでしょう。だからわたしはそのように振舞うつもりだし、それであなたの煩わしさが減るのなら、いいと思ったんだけれど……」


 グレイシアが言葉を紡げば紡ぐほど、リオレイルの顔は険しくなるばかりだった。鉄仮面など誰が言ったのか。グレイシアの眼前にいる男は不機嫌を隠す事無く眉を顰めている。


「そうか……君にはもっとはっきり示していくべきだと、そういう事だな」

「何を言っているの?」

「私達は想い合っていると、だから他の誰かが入り込む余地は無い。君はそう思わせる事で、私に寄り付く令嬢方を牽制していると……それが私の為になると思っているんだな?」

「さっきからそう言っているわ」

「それは正しくも合って、間違いでもある。……君がそんな役割をする事はないが、私は君を想っている」

「……ごめんなさい、ちょっと意味が」


 リオレイルは真直ぐに見つめてくるものだから、グレイシアはそれから逃げるように壁際に控えるメイサとリヒトへ視線を向けた。しかしいつの間にか、二人は姿を消していた。扉が薄く開いているから近くに居るのは間違いないのだが、助けてはくれないようだ。

 自分と視線を合わせないグレイシアに苛立ったように、リオレイルは彼女の頬を両手で包むと自分へと向けさせた。そんな様子さえ珍しい。


「君が好きだと、そう言っている」


 真直ぐに告げられた想いに、胸が締め付けられた。

 瞬きさえ忘れて、熱が篭った琥珀色の眼差しを見つめ返す。


「返事はいい。君には私を受け入れる以外の選択肢はないからな」

「……リオレイル様?」

「私は君を諦めるつもりはないと、そういう事だよ」


 リオレイルはふ、と笑うと下ろしたままのグレイシアの銀髪を一房手に取った。愛しげにそれを口元に寄せると口付けを落とす。そのどこまでも優しい仕草に、グレイシアの顔は一気に赤くなってしまう。


 グレイシアの様子に可笑しそうにくつくつと笑うリオレイルは、彼女の肩を引くとその体を自分の腕の中へとおさめてしまった。伝わる温もりの心地よさにグレイシアは戸惑うも、腕の中から逃れられそうにはなかった。


「遠回しな言い方では伝わらない事がよく分かった。これからはもっとはっきり口説く事にする」

「ちょ、っ……」

「牽制でも虫よけでもない。私が君の傍に居たいんだ」


 どうしてこうなったのか、グレイシアには何も分からなかった。それでも押し隠していた胸の奥のひりつきは無くなったし、その代わりに胸が締め付けられる。呼吸の仕方を忘れる程に鼓動がうるさい。

 腕の中からリオレイルを見れば、彼は今までに見たことのないような柔らかな表情をしていた。浮かぶ笑みは変わらず美しいが、琥珀色の瞳が熱を帯びて色濃くなっている。


 抗う事など出来ないのだと、グレイシアは悟った。

 自分の気持ちにも、リオレイルの気持ちからも。それはひどく甘い誘惑のようで、いまにも堕ちてしまいそうなほどに。

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