4.糾弾
「グレイシア・アーべライン! 貴様がこの度王都で起こった忌まわしい事件の首謀者である!」
グレイシアは自分に向かって突きつけられた指に眉を寄せると、その持ち主である男に視線を滑らせた。
意気揚々とグレイシアを糾弾している男は、エーヴァント・ボーンチェ。ボーンチェ公爵家の次男であり、バイエベレンゼ王国第一王女の婚約者である。
柔らかそうな茶色の長髪をうなじで結び、肩から胸に垂らしている。緑の瞳が印象的な見目麗しいその姿に憧れる少女が多いと噂では聞くが、グレイシアはこの男からのアプローチにうんざりしていた。
そう、アプローチである。
第一王女を婚約者としながらも、妾としてグレイシアを手元に置こうとしているのだ。基本的に領地に引きこもっているグレイシアではあるが、こういった社交シーズンは王都に赴くのでその度に強いアプローチを受けている。領地にもこまめに手紙や贈り物が届くので、開封しないで送り返すのも手馴れたものになってしまった。
このアプローチを王女がどう思っているのかは分らないが、良い感情はないだろう。
「どういうことでしょうか、エーヴァント様」
糾弾されたが、身に覚えはない。
グレイシアは持っていた扇をパチンと閉じると、呆れを含んだ声で問い質した。
ここはバイエベレンゼの王城である。
昨日の『異形大量発生事件』について、貴族たちが召集を受けていた。
いま、当主達は国王陛下や執政官、神官達と執務室で協議をしている。貴族令息、令嬢も呼び出しを受けたので、グレイシアも父と共に登城し控え室として用意された広間にいるのだが……これではまるでグレイシアを糾弾する為だけに集められたかのようだった。
「神聖女様がお守り下さっているこの王都で、“穢れ”が発生するなどあってはならないこと」
話し始めたのはエーヴァントではなかった。
アデリナ・エラ・バイエベレンゼ。
この国の第一王女であり、王位継承権第一位の次代の女王である。
波打つ金髪は豊かに背に流れ、アーモンドのような青い瞳は宝石のように煌いている。女性らしく豊かな胸や細い腰を包む深紅のドレスが更に色香を立ち上らせていた。同性でもくらりとしてしまいそうな美女はその口元に美しい笑みを浮かべているが、どことなく意地悪に見えてしまうのはグレイシアの主観だろうか。
「ではなぜ、“忌人”や魔獣が現れるほどに強い“穢れ”が、この神聖なる王都に溜まったのか。それは“穢れ”が自然と発生したものではなく、何者かの意思によって、“穢れ”を溜めた魔石が各所に隠されていたからです」
静かに、しかし他に声を発する事を許さない王族の声。それは周りに説明するというよりかは、グレイシアに言い聞かせるようだった。
「その魔石を置いたのは貴方ね。グレイシア・アーべライン」
静寂を切り裂く断罪の声。
それに周囲がざわめき始める。
「わたくしではございません。その魔石も存じ上げません」
硬い声でグレイシアが否定をする。本当に身に覚えがないのだ。そうです、など言えるはずもない。
グレイシアは昨日、自分の身を顧みずに“忌人”や魔獣と戦ったのだ。
それについて両親には強く叱られたが、また同じ場面に遭遇したならば同じ事をするだろう。両親もそれを分っているし誇り高い娘の様子に満足そうでもあった。
そしてグレイシアは、父からこの騒動に人為的なものが関与していると聞いていた。それに対しては怒りしかないのだ。
街に暮らす市井の人々が危険に晒された。広い王都の各地で発生した“忌人”達からの被害者は決して少なくなかった。自警団だけで収めるには難しいのに、王宮から騎士が派遣されることがなかった為だ。どうやって収束したのか、グレイシアは父に知らされなかった。
そんな事件を自分がやったといわれるだなんて。侮辱以外の何物でもない。
「グレイシア、君の手袋が魔石の側に落ちていたんだ」
認めないグレイシアの様子に、呆れ果てたようにエーヴァントが溜息をつく。
皆に見せ付けるようエーヴァントが高らかと掲げるのは、確かにグレイシアがしているものと同じ白いレースの手袋だった。
グレイシアが常に手袋をしているのは周知のことだった。
令嬢ながら剣を握るグレイシアは鍛錬も欠かさず、領地で魔獣や“忌人”が発生したと聞けば守護団と共に騎乗して討伐に行く。
だからグレイシアの掌は令嬢としてたおやかなものではなく、固く剣ダコさえ出来ている。その手は誇らしいものではあるけれど、令嬢のものではない。だからグレイシアはいつもレースの手袋を纏っていた。
「それはわたくしのものではありませんわ」
「アーべライン家の紋章が刺繍されているが?」
「それでもわたくしのものではございません」
アーべラインの紋章が刺繍されているから何だというのだ。それだけでグレイシアが犯人だという決定的な証拠にはならないし、屋敷にある手袋の数は把握している。無くなってなどいない。
周囲の令息令嬢も同意見なのか、向けられる視線はグレイシアに同情的だ。
「証人がおりますのよ」
どこか楽しげな、アデリアの声が響くまでは。
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