2.”忌人”
数が多い。だけれど、問題はない。
護衛騎士と共にグレイシアは魔獣を屠っていく。
魔獣の爪を剣で受け止め、弾いてすぐに斬りつける。首を落とされた魔獣はさすがにもう動けない。
中央広場に集まった魔獣達はその数を減らしていったが、まだ自警団や王宮騎士が集まる気配は感じられなかった。
(これは……ここだけじゃないのね。他にも魔獣が現れて、そちらに人員が割かれているんだわ。まさか王宮にまで……お父様とお兄様は無事かしら)
グレイシアは剣を奮いながら登城している父と長兄を思う。しかしそれは不意に断ち切られてしまった。
「いやぁぁぁ! 助けて!」
広場に繋がる細道のひとつから、高い悲鳴が聞こえたからだ。その声を耳にすると同時、グレイシアはそちらに向かって駆け出していた。
「お嬢様!」
「あなたはここの制圧を! すぐに戻るわ!」
慌てたような騎士の声がするも、広場にはまだ数頭の魔獣が残っている。一人にしてしまうが彼の腕ならば問題はない。
立ち塞がるように襲い掛かってきた魔獣の腹を薙ぐと、額に薄く汗をかきながらグレイシアは走った。
悲鳴の元に辿り着くと、そこには異様な光景が広がっていた。
幼い二人の少女が地面に座って抱き合っている。
その顔には怯えと恐怖が広がっていて、震えた体は歯をカチカチと鳴らしていた。
少女達の周りには人がいない。無事に逃げられたのだろう。そして、彼女達は逃げ遅れた。
周りには
いるのは異形ばかり。それがゆらりと動く度に、ぼたりと“穢れ”が零れ落ちる。人の形を成していながらも、その全てはただ漆黒。
顔もない。髪もない。衣服も身に纏っていない。しかしそれは確かに人の形をしていた。
“穢れ”が人の形を作ったもの。“穢れ”に堕ちた者の成れの果て。
“
「“忌人”……」
“忌人”が大量に発生しているこの状況に、グレイシアは背筋を震わせる。剣を握る掌にはしっとりと汗が滲んでいた。
ゆらりと不規則にふらつくような歩みで、“忌人”達は二人の少女に近付いていく。彼女達はもう悲鳴さえあげられずに、見開いた瞳から涙を零すばかり。
(させない)
グレイシアは地を蹴った。ワンピースの裾が翻る。
愛用の剣を奮い、いまにも少女を捕食しそうな“忌人”を袈裟斬りに霧散させると、少女達の傍らに膝をついた。
視線はまだ残る“忌人”達に向けつつも、出来るだけ優しい声を意識する。
「もう大丈夫よ。あなた達は姉妹かしら」
「あ、あ……っ」
口をぱくぱくとさせ必死で呼吸を整えている。姉らしき少女は、庇うように幼い少女をその腕に抱えていた。
「……はい。私のいもう、とっ……です……」
「妹を守ったのね、偉いわ」
剣を持つのとは逆の手で姉の頭をそっと撫でる。そのまま妹の頭も撫でてやると、二人はしゃくりあげるように泣き出してしまった。
「わたしが道を拓きます。妹の手を絶対に離さないで、振り向かずに走りなさい」
立ち上がって剣先を“忌人”に向ける。お互いの殺意がぶつかりあって吹き抜ける風さえ消えたようだった。
ちらりと少女達に目をやると、二人は支え合うように立ち上がった。姉妹はぎゅっと固く手を繋ぎ、未だ泣いて肩を震わせながらもしっかりと大きく頷いている。
それに応えるようグレイシアは口元に笑みを乗せると、剣を握る手に力を込めた。
瞳もない“忌人”だが、その視線を痛いほどにグレイシアは感じていた。捕食するものではなく、敵と認識されている。
“忌人”の足が揺れる。グレイシアに向かって。
グレイシアは一足で“忌人”との距離を詰めると、その手がグレイシアに触れるよりも速く首を刈っていた。返す刀で隣の“忌人”の胴を薙ぐと道が出来た。
「行きなさい!」
敢えて大きく声をかけると、姉妹は手を繋いで駆け出した。
その道を守るように立ち塞がると、グレイシアはまだ数多いる“忌人”の敵意をその身で全て受け止めた。
数が多い。触れられたら、それで終わり。
“忌人”に触れられると”穢れ”の中へと堕ちてしまう。沈んだ先はこの世界と違う場所と言われている。そこで自我を失い、姿形も記憶も失い、またいつか“穢れ”から蘇るのだ――“忌人”として。
まだ、助けは来ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます