第6話
たとえばパン屋。パンを作る。今まで菓子作りに手を出したことはあるが、パンという潔い響きには、別次元の覚悟、気合が必要だった。と、同時にイッタイどのようなものが出来上がるのか期待と不安に胸をふくらませた。材料を前に深呼吸する私を横から見たら、Sの字に見えたことだろう。
人生初のパン作りに選んだのは、何度もうっとりとレシピを眺めたクロワッサン。私はレシピを眺めるだけで幸せになる。わくわくする。そういう方は多いと思う。自分がつくれるつくれないにかかわらず、見ているだけで自分の可能性が広がっていく、未来の自分に期待したくなる。そしてレシピを創造した方の手さばきや台所の風景、誰に向けてつくり、どんな様子で食べるのか想像が広がっていく。フィクションである。
例えば今回のクロワッサン。創造主のあいりんさん(仮)は、37歳、小学2年生と年中さんのお子さんと最愛の人と一緒に食べるためのクロワッサンを準備している。オーバーナイト発酵(寝ている間に時間をかけて発酵)を上手に用いて食べるタイミングに合わせて焼く。焼きたてを喜ぶ長男。イヤイヤ期がまだ続き、ブスッとした顔の年中さん。嬉しそうに食べる最愛の人。そんな素敵な昼下りだといいな。
生地こね。かの有名なパンが主人公のアニメのおじさんがこねるイメージが脳裏をよぎる。あのやさしくも力強い腕を思い浮かべながら私もひとこねひとこね。生地がまとまってきたときの触り心地ちたるや。永遠に触れていたい。粘土を遥かに凌駕するこの質感触感、香り。全人類にこの感動を届けたい。
こねたあとにバターを追加してこねる。魔法のように吸収されていき、生地と一つになる。こんなにベタベタで小麦粉を足さずにどうにかなると思えず、初のパンづくりでは追加してしまった。何度かやるうちそんな必要はなくこねているうちにパン生地と一つになると気付いた。その瞬間世界が輝いた。やってみないとわからないことが世界にはたくさんあるのだなあ。そして割に世界はよく輝く。後編に続く。
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