通学路メドレーを歌い続けろ!

司弐紘

序章 冒険者たちのバラード

第1話 序章

 黎明――


 と、表現するには少々大げさだろう。


 朝日が山あいから顔をのぞかせてから、ゆうに一時間は過ぎているし、なによりそんな大仰な言い回しが通用する時代でもない。


 時は平成、秋。


 未だ山間部の農村という雰囲気を色濃く漂わせる、ここO県総央町では一つの事件が起こっていた。

 それは日本全体という視点から見れば間違いなく〝良いニュース〟のカテゴリの含まれる事件であり、大多数の日本人にとっては無関心か、あるいは好奇心かによって選別されるべき事件であった。


 しかしごく一部の――そう、ごくごく一部のある種の職業の人種には、その事件は徹底的な憎悪を以て、迎え入れられることとなった。


 その職業とは学生。


 総央町にある、その名も総央高校に通う生徒達にとって、その事件は〝よけいな出来事〟以外の何者でもなかったのである。

 

 ――はたして、その事件は夏休みの間に起こった。

 

 総央町の水田から大規模な遺跡――それこそ都跡ほどの――が発見されたのである。

 その遺跡発見の発端となったのが、さもあらん総央高校の郷土史研究会の活躍によるものなのであるが、それが為にこの研究会は学校内での安全を脅かされていた。


 発見自体は母校の誉れ、まったく問題はなかったのだが、その位置が問題だったのだ。

 遺跡が発見された水田を貫く一本道は、総央高校にとって欠くことの出来ない通学路だったのである。


 そしてその道は、遺跡発見と同時に水田ごと立入禁止区域に飲み込まれてしまう。

 かくして総央高校の生徒達は、登校のために大規模な迂回を余儀なくされた。


 総央駅から、かつての通学路に続く道の途中で、右へと――方角でいうと東へと――曲がらなければならなくなったのである。


 一応そのまま道なりに進めば、校舎の前に辿り着くことは可能ではある。


 だがしかし、その道とは標高一〇八四米の村上山山頂付近にある緑安寺への参拝コースであり、あるいは風光明媚を楽しむためのハイキングコースであり、要するに言葉をいくら飾ってもその道は山道であり、つまりは坂道の集合体なのである。


 そして総央高校は、その村上山を越えないことにはたどり着けないのだ。


 地元の代議士の無意味な利益誘導で、しっかりと舗装されてしまったために見栄えだけは立派なその山道を、総央高校の生徒達は越えて行かねばならない。


 ――それも毎日である。


 今も早朝と呼ばれる時間帯にもかかわらず、様々な制服を着た生徒達が三々五々、校門を目指して歩を進めている。


 九十九折りになった坂を、茫洋とした目つきで登って行く者。

 下りの行程がいくらかでも楽になるように、自転車を押しながら登って行く者。

 あるいは、坂道に辿り着く遙か以前から戦意を喪失して、早くも回れ右をしそうな者。


 そのいずれもが疲れ切っていた。


 道すがら、彼らは何度も横に広がる風景を流し見る。

 白いテープに囲まれたその中には、二月前には通っていたはずの平坦で真っ直ぐな、優しい道があるのだ。


 歩くことに疲れ、思わず立ち止まってしまった時に、彼らは昔を思い出す。

 笑いながら、ふざけあいながら登校できた、懐かしいあの日のことを。


 しかし眼前にあるのは、高く聳える無限の通学路。


「バッキャローーー!!」


 今日もまた誰かが叫び、朝の澄んだ空気にこだまする。

 その余韻が収まる頃。


 また彼らはトボトボと歩き出す。


 ――始業時間までは、あと一時間と三十分。



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