第6話ダークホース

 朝目が覚める、相変わらず随分と気分が重いがラップトップを開いてアクセス解析を開く。

『3』そう表示されていた。

  このアクセス解析では自分自身をカウントしない、そしてユニークユーザが3と言うことは由似と阿智以外の誰かが一人見たということだった。


 眠気がすっかり覚めてしまった。

「おや、お兄ちゃん、ご機嫌ですね?」


 おっと妹にまで見抜かれてしまったか、まあしょうがない、今日は良い日だ、わざわざ波風立てることもないだろう。


「ああ、ちょっと良いことがあってな」


「女ですか?」


 低い声で据わった目でそう言う、とても怖い……


「違うから、そんなんじゃないから安心しろ」


 部屋に戻りApacheのアクセスログを見てニヤける、そう、この多数のアクセスログの一つが俺の作品を読みに来てくれたんだ。


 こんな嬉しいことはない。


「おにーちゃん、学校行くよー」

「悪い、すぐ行く」


 俺はバタバタと着替えを済ませて登校する。

 登校途中、阿智に会った。


「先輩、何か良いこと会ったんですか?」

「私にも教えてくれないんですよ」


 二人がやいのやいの言い合っているが俺はそれも心地よかった。


「よう由似、おはよう」

「あなたから挨拶って雪でも降りそうね」

「今は6月だぞ」

「それでも吹雪が起きそうだわ」


 酷い言われようだ。


「そう言えば、俺のサイトにアクセスがあった」


「マジで!? 私と阿智以外に!」


「おう、ユニークユーザで計算してるから間違いないぞ」

「どっかの新興サーチエンジンのボットじゃないの……? まあおめでとう」

 

 そんなに信じられないか……

「俺も一応Googleにクロールしてくれるように申請はしておいたからな、上手いこと拾ってくれたんじゃないか?」


「奇跡ね……」


「祈りが通じたんだろ」

「あんた、無神論者でしょうに……」


 その日の俺は一日上機嫌だった。


 それでも奇跡というのはそうそう起きないモノである。


 ――翌日

 今日が休日と言うことで昨日は調子づいて結構な文量を書いた。

 結構レトリックにも凝って自信はあった……


「誰も見てない……」


 昨日見てくれた人がブックマークしてくれたか知る術はない、それどころか即ブラバしたかを知る術すら存在しない……だから、今日も「2」だった。


 由似と阿智の二人、この二人は毎日俺の作品を期待してくれている。


 だけど、ほんの少しの欲を出すのもダメなのだろうか?


 ふと市場調査をしていないのに気付いた、自分の書きたいことをひたすら書いてきた。

 ひょっとしたらもっと受けることをかけるんじゃないか?


 そう考えると投稿サイトの検索窓を開いていた。


 とりあえず由似の作品を読み込んでみよう。


 王道の異世界転移モノだった。

 クラスまとめて転移か……こういうのが流行なのか?


 主人公はクラスでは目立たないキャラ、転移特典をもらってやりたい放題している。

 ふと気が付いたが幼馴染みが正ヒロインになるようだ。


 呼んでみたところ引き込まれたのは確かだが俺にはかけそうになかった。

 面白くはあったので応援にポイントを入れておいた。


 阿智も投稿してんのかな?

 メッセンジャーで聞いてみる。

 もちろん個人チャットだ。オープンチャットでやらないだけのデリカシーはある。


『阿智って小説投稿してるの?』

 しばし既読がついてから時間が経つ、悪いこと聞いたかな?

 こういうのは自由に書くものだし、人の作品を詮索するのはよくないだろうか……と考えている間に返事が来た。


『えっと……こういうのを書いてますhttps://zzzzzzzzzzzzzzzzz.xxxxxxxxxxxxxxxxx.xxxx』

『読んでもいい?』

『恥ずかしいですけど……どうぞ』


 俺は阿智の作品を読む。

 やっぱり異世界に行っていたが主人公に能力は与えられず、凡人が必死に戦い抜く話だった。

 不覚にも俺はその作品に涙した。

 なんの異能もない主人公が必死に天才達に立ち向かっていく様子は応援したくなるもので、ついに勝ったときは努力が報われてほろりときた。

 それはさておき何故か妹も転移に入っていて速攻送り返されていた、妹要るか?

 細かいことはさておき俺は感銘を受けたのでポイントを入れブックマークしておいた。


 そのほかの作品もいくつか上位のモノを読んだが、軒並み異世界転移・転生か、異世界の話だった。


 俺が今書いているのは現実世界の妹ヤンデレもの、これをねじ曲げて異世界に飛ばすとアクセスが増えるのだろうか?

 どちらにせよ、それはロクな結果をもたらさないような気がしたので、上位陣とは別の路線で行くことに決めた。


 などと格好をつけたところで零細サイトの管理人という立場が変わるでもなく、気鬱になったので引き出しからオレンジ色の錠剤を一錠飲み込んだ。


 アーティストがアートのためにドラッグを使うなどとまことしやかに言われているがあんなモノは大嘘だ、合法とはいえ向精神薬を使ってこのアクセス数しか稼げないのが何よりの証拠だろう。


 数字は残酷だ、どうやっても現実というのを都合よく繕ってはくれない。

 ふとスマホが目に入った。

 アプリの一つにawsとアイコンが出ている、きっと俺がインスタンスを選んで『ターミネート』を選べばこの砂上の楼閣はなにも無かったように消えて無くなる。

 別にお金がかかっていたわけじゃない、誰も困ることなどない。


 ただ、それでもアクセス解析の「2」を見るとそうする気にもならなかった。


 そうしてその休日はひたすらに書いた、ランカー達を見ると気が滅入りそうだったので現実逃避に非現実を書きまくった。

 朝からPCのまえで一太郎を開いて書き殴った、怪しい箇所は校正機能が指摘してくれるので好きなように書き続けた。


 ――翌朝

「お兄ちゃん、朝ですよ……って大丈夫ですか?」

「うん……大丈夫大丈夫、今何時だ」


「朝の六時ですけど……もしかしてそのまま寝てたんですか?」


 俺の格好は部屋着のスウェットだ姿勢は机に突っ伏している。

 どうやら熱中しすぎてそのまま倒れ込んだようだった。

 残り少なかっただろう理性がキーボードに触れないように倒れ込んでくれたのが幸いだった。

 画面には何色かのマーキングがされている、どうやら校正フェーズまでは行ったようだ。


 俺は朝食を食べ学校への残り少ない時間でチェックしテストもおろそかにアップロードした。


 登校中、阿智に会った。

「先輩、昨日は登校しなかったんですね」


「登校ってかアップロードな、ああ。今朝アップしといたよ」

「徹夜で書いてたんですか? 体に触りますよ……」

「もうたっぷり体は悪くなってる、これ以上悪くならんよ」


「お兄ちゃん……もうちょっと他人の心配を受け入れるべきです……」

「私がどれだけ心配したと……」


 何やら妹から呪詛のようなモノが聞こえるが気にしない。


 由似も眠い顔をしながらやってきた。

「眠そうだな」

「あんたみたいに薬に頼って安眠してないからね」


 軽口を叩く。

「そういえば、昨日は更新してなかったね。あんた毎日してたのに」


「ああ、今朝アップロードしておいたよ、あと……」

「なにか?」

「お前の小説……その……面白かった」

 由似は呆けたような顔をして俺の顔を見て言う。

「あんたが人を真面目に褒めるなんてね、読んでないのに褒めてんのかと思ったけどちゃんと読んでくれたんだ」


 まあ実際はじめは斜め読みで感想を言ったのでそう言われてもしょうがない。

 それでも真面目に読んで面白いと思えた。

「面白かった……ただ……俺には書けないな」


「燕……あんたはねえ……」


 何か言いよどむ。

「普通創作なんて自分の書きたいモノを書くの! 人の作品とか流行の作風とか気にしないの!」


 そっか……自分は自分なんだ。


「なに笑ってるの?」

「いや、悩んでた自分が馬鹿らしいなあって」

「なにそれ」


「あ、あの。僕の小説はどうでしたか」


 隣にいた阿智が質問する。

「面白かったよ。凡人が戦う話って好きだしな」


 凡人が才能に勝つ話、俺には到底届かないけれどフィクションの中でくらい報われたって良いじゃないか。


「あ、ありがとうございます!」

「んー」

 なにか里奈が悩んでいる。

「どした?」

「う~ん、まあ気にしないで」

 というめちゃ気になる言い方で流された、まあコイツは悩みとか話さないタイプだからな、決心がつくまで見守ろう。


 その夜、メッセンジャーから阿智と由似のメッセージが届いていた。

「面白かったよ! でもらしくないね、兄の方も病む展開って」

「面白かったです、あの展開はあの展開で好きですよ!」


 そう、俺の妹ヤンデレ小説は兄の方も病む展開になった、正直なところリアルがヤバイ状態で書いたので続きは書けないのでさっさと兄は正気に戻る展開にするつもりだ。


 ――深夜

 ピコン

 俺が集中して書いている中スマホに一通のメッセージが入った。

 そこにはただ『私も書いてみました』とだけ書いてあった。

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