第5話需要
眠りからだんだんと意識が覚醒していく。
時間は朝五時、俺はPCの前に座ってAWSのコンソールを開く。
トラフィックがあまりに流れないために全くお金がかかっていない。
節約は美徳かもしれないが、自作がほとんど読まれていないという事実は悲しい。
『ヤンデレ妹』の今日の話の冒頭を書いて保存しておく。
続きを書いている途中でリアル妹の顔が思い浮かんだ、いかんな、二次元は二次元、三次元は三次元、割り切らないと。
しかしその日は筆が進まなかった。
原因は明らかで、妹の文章力への嫉妬だ。
それがよくないものであることは分かっているけれど、どうしても自分の文章を妹の文章と比べてしまう。
「異世界勇者」を読んでみる、やっぱり俺以外の文章力が高い、自分の筆力の足りなさが浮き彫りになる。
世の中は俺より上がたくさんいる、しょうがないことだがいつかその高みにたどり着きたいと思う
読んで買い手が終わった頃、時計が六時を指していた。
ああ、朝飯まだだったな……
キッチンにて
「ふぁあああ」
「お兄ちゃん、お疲れですか?」
「ああ、ちょっと寝不足だ」
寝不足の原因については言及しない。
「お兄ちゃん! 昨日のは力作でしたよ! 読んでくれましたか!」
「ああ、読んだよ。面白かった」
自分より強いものにはついついつっけんどんな態度になってしまう。
しかしそれでも里奈は満足しているらしく、鼻歌を歌いながら調理に戻った。
チーン
トースターからパンが出てくる。
それと同時に妹からスープを出された、味噌汁ではなくポトフのようなスープだ。
「さあ、食べましょうか」
俺はトーストにバターを塗りながら文章構成について考える。
ぼんやりしていてパンを落としかける。
「まったく、お兄ちゃんはぼうっとしすぎです!」
そういう妹本人が俺の悩みの種だと言うことは全く気付いていないらしい。
「どうかしましたか? 私の顔なんか見て、いやまあお兄ちゃんにじろじろ見られるのも嫌じゃないですけど……」
おっといけない、ついつい見つめていたようだ、その視線をどう判断したのかは分からないが、少なくとも俺が向けていたのは羨望のまなざしだった。
俺はトーストにかじりつき余計な考えを脳の片隅に追いやる。
――登校
「おはよ、燕」
「ああ、おはよ」
「おはよー、里奈ちゃん」
「子供扱いしないでください!」
由似とのお決まりのやりとりをした後、阿智と会う。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう!」
少し元気よく挨拶する里奈。
「あ、昨日の読んだよー、良かったよ」
「えへへ、照れますね」
「僕も良かったと思います」
「そうですかそうですか、やはり兄妹モノはテッパンですね」
由似が俺にだけ聞こえるように話しかけてくる、顔が近い。
「機能の良かったよー、なんて言うか……人の闇? みたいなのが良かったよ」
その闇は俺の気持ちからあふれ出たものなんだけどな……
「ありがと、そうそう異世界勇者今回も面白かったぞ」
「そりゃあ私だからね!」
何の自慢やら分かんないけれど本人は自信があるようだった。
その自慢を少しでもわけて欲しかった。
「あの……」
阿智が珍しく俺にだけ話しかけてくる。
なんだろう? コイツは人見知りだからあんまりそういうのはしないのに。
こそこそとスマホを取り出し、パスコードを入力する。
「もしかしてこのページ……お兄さんの書いたやつですか?」
そこにはそのものズバリ俺の書いた文章が表示されていた。
俺は悲鳴を上げそうになりつつ阿智に言い聞かせた。
「頼む! お願いだから里奈には内緒にしておいてくれ!」
「大丈夫ですよ……言いませんから」
「ありがとう、本当にありがとう」
そうして二人で話しているのを訝しげにみていた里奈がこっちに来る。
「何の話してたんですか?」
「いやあ、青空が綺麗だなあと」
「は、はい! 今日は良い天気なのでつい……」
明らかに怪しんでいるが聞いても口を割らないと判断したのか、それで会話は打ち切られた。
――学校
「せんぱ~い」
阿智が俺のところへ来た。
「どうした……大体想像はつくが……」
阿智は半泣きで俺に助けを請う。
「里奈ちゃんが先輩のサイト教えてくれってしつこいんですよ~……うぅ……」
よしよしと阿智の頭をなでた後、それを追ってきた我が妹にハッキリ言った。
「あんまり無理矢理聞き出すな、完結したら教えてやるから」
まだ物語は完結していない、未完のものを大々的に公開はしたくない。
「だから燕も投稿サイト使えば良いのにさ……別にどこを使うかは自由だけど……AWSは修羅の道だと思うけどね……」
横で由似が何か言っていた。
「じゃあお兄ちゃん! 約束ですよ! 約束ですからね!」
そう言って阿智と帰っていった。
「で、どうすんの? 完結したら教えるって……アレはあんまり里奈ちゃんに見せない方が良いんじゃないかな?」
俺がドヤ顔で答える。
「第一部完というてがある。あくまで終わったのは第一部であって作品自体は完結していない」
「うわぁ……すごい詭弁だ……」
何とでも言うがいい、嘘はついてないんだ、嘘は。
「だって一流少年誌でもよくやってるじゃん永遠に二期の来ない一期完って」
「そういうのは一流紙にしか許されないの! WEB小説でそれやったらエタと一緒でしょうが!」
一理ある、でもまあその場をしのげれば良い、今までだってそうしてきたんだから。
「あんたねぇ……そんなことばっかりやってると身を滅ぼすわよ」
「これ以上のどん底があるならそれはそれで見てみたいねぇ」
俺はポケットからレキソタンを取り出し一錠飲む。
あまり頭がぼんやりする薬ではないが良い感じに意識が微睡む。
「はぁ……とりあえず薬を辞めるとこから始めたら?」
「ちゃんと処方されたものだぞ、頓服をいつの網が問題ないだろう?」
内科の処方基準のガバガバさなど思うところが無いではないが一応合法的に処方された品だ。
「あなた……そんな感覚だと早死にしそうね」
「それはそれでいいさ」
人はいつか死ぬのだもの、それが早いか遅い科についてそれほどこだわりがあるわけではない。
「あんたが破滅主義者なのは別にいいけど里奈ちゃんが可哀想ね」
「そういうのはやめろよ……卑怯だぞ」
自分以外のことを持ち出されると弱いんだよなあ……
「まあ善処するよ」
由似は呆れた顔をしていたが俺はさっさと帰宅することにした。
「ダメ人間だねえ……」
後ろから聞こえた声は無視することにした。
――自宅
「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんと小説みたいな関係になりたいです」
「無理」
即答した、いやだってさあ、鬼畜風味のグイグイ来る兄とか俺の性格じゃないもん、無理だって。
「ではお兄ちゃんの小説に出てくる妹みたいな感じで」
「知らないくせによくそんな要求できるな、怖いもんなしか?」
「なるほど、妹は出てくると……」
メモをしている。
「誘導尋問ズルいぞ!」
「お兄ちゃんが教えてくれれば全く問題ないんですけどねえ……」
そんな堂々巡りをした後、夕食を食べ、今日の分を書いていた。
妹のヤンデレ成分増やしとくか……
現実があんなならフィクションはもっと過激でも許されるだろう。
寝る前のルーティン、テキストを書いてローカルでテストしてクラウドにアップロード、きちんと反映されているのを確認してフルニトラゼパムを飲んで就寝した。
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