第28話 銀髪美女の鬼からかい

 水族館デートから数日が経ったある日、蒼は夏休みの課題を終わらせる為一人で近くのカフェにいた。カフェに広がる珈琲の香りとケーキ等の甘い香りが心を清らかにし、より勉強が捗る。はずだった。


 デートから数日が経っているというのに思い出してドキドキしてしまう。そう、ハグを。

 蒼が人生で初めて経験した異性とのハグ。しかも相手はあの超絶美女の白崎紗雪だ。未だにあの時の紗雪の華奢だけど、しっかりとした身体付きの感触を覚えている。思い出しただけで胸が高鳴ってしまう。


「はぁ……なんであんな自然と……あんなことをしてしまったんだ俺は……」


 正直、全く勉強が捗らない。なんとか課題に集中させる為にアイスコーヒーを口にして心を落ち着かせる。


「……よし。いつまでもあの余韻に浸っていたんじゃダメだ、課題やろう……と、その前に手洗いに行くか」


 蒼は手洗いに行き席に戻り課題に取り組もうとしたその時。


――プルルルルル。


 手元に置いてあったスマホが鳴る。画面には『白崎紗雪』とはっきり書いてあった。


「もしもし、俺だけど」


『もしもし、私だけど』


 紗雪はオウム返しをしてくる。

 

「どうした?」


『今日は私、課題をやりたい気分なのよ』


「そうなのか」


『だから近くのカフェにでも行こうと思ってるの』


「そうなのか」


『それでね、なんか私の右前に同じクラスの人がいるのよ。なんか凄い根暗で地味なオーラを出してるのよね』


「俺以外にいたか?そんなやつ……ん?待てよ。俺以外はいない……」


 そう言いながら蒼は右斜め後ろに目を向ける。


『あら、その根暗なボッチ人間がこっちを見ているのだけれど』


「その根暗ボッチは今心の中でデカい溜息をついたぞ」


 紗雪はクスクスと笑いながらこちらを見ている。二人は電話を切り、紗雪がこちらに向かってくる。


「奇遇ね、蒼君」


「本当に奇遇だな。折角一人で集中して勉強しようとしたのに……まさかこんな所で会うとはな」


 スっと隣の空いている席に紗雪は腰を下ろす。ふわりと甘いフルーティーな香りが鼻を幸せにする。

 沙雪は数学の夏休み課題のワークをテーブルに開く。蒼もようやく課題に手を出す。同じく数学だ。数学は一番手間がかかり面倒なので最初に消しておく戦法だ。


「あー疲れた。もう頭働かなーい」


 課題に取り組み始めて数分が経過すると、沙雪が背中を伸ばす。


「確かに疲れたな。もう肩がバキバキに凝ったなこりゃ」


 すると沙雪はいきなり立ち上がり蒼の後ろに回る。


「しょうがないわね。私が肩を気持ちよぉーく揉んであげるわ」


「ちょ、おい……」


 沙雪は蒼の答えを遮り肩を揉み始めた。なんとびっくり、沙雪の肩もみは予想以上に気持ちよく、蒼は思わず虜になっていた。


「なんか無駄に上手くないか?」


「どう?気持ちいい?」


 いかん。ただ肩を揉まれているだけだというのに何故か如何いかがわしい方向を想像してしまいそうになる。「気持ちいい?」は反則だろ。


「あ、あぁ、気持ちいいよ……けど、周りの視線がかなり気になるがな」


 周囲の男性陣は何とも羨ましそうな目で沙雪を見ている。同時に肩もみをされている蒼は安定の殺意が感じられる視線を向けられている。


「私は全然気にしてないわよ。私が蒼君にやりたいって思って自分の意志でやっているだけだもの。それに……やっぱりこういうことは蒼君にしかやらないわ……」


 沙雪は蒼の耳元で囁く。思わず蒼は顔を一気に赤らめると同時に、この前のハグが頭をよぎる。あの時も全く同じセリフを言われた。だから余計に気恥ずかしくなり変な汗をかく。


「あら、蒼君?なんか身体が一気に熱くなったわね。それに汗もかいてる」


「と、当然だろ?だって、そんな……俺にしかやらないなんてこと言われたら嫌でも恥ずかしくなっちまう……から」


 蒼は一切沙雪に顔を向けない。そして後ろを見ていないのにも関わらず、沙雪がニヤリと口角の上がった沙雪スマイルを浮かべているのが分かった。


 そして沙雪は隣にまた腰を下ろして蒼をジッと見つめる。


「蒼君、もしかして……あのハグを思い出しちゃったのかしら?ふふっ……本当に分かりやすいのね」


 クスクスと笑う沙雪に蒼はやはり顔を赤く染めて黙っていることしかできなかった。


「そういう蒼君の可愛い所……好きよ」


 蒼は沙雪の全ての言動がからかわれているとしか思えなくなっていた。体温が上がり切った蒼は全身の熱気を一気に冷やすかのように、キンキンに冷えたアイスコーヒーを一気に飲み干した。んー、苦い。


「本当に人をからかうの好きだな、沙雪は」


「人をからかうって言っても蒼君だけよ?」


 尚更たちが悪いなおい。


 なんだかんだ二時間くらいかけて数学の課題を終わらせた二人はお会計を済ませて各家に帰った。


 この日は一人で勉強して家に帰って一人でラノベを静かに読んで一人の時間を満喫する予定だったが、奇遇にも沙雪と序盤で遭遇し、一瞬にして全ての予定が崩れて妙に疲れた一日になった。しかし、沙雪といる時間は蒼にとって当たり前の様な感覚になってきているということを蒼自身は未だ気付いていない。


 

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