第13話 銀髪美女と初交換

 騒々しい雨音が家中に響き渡る朝。微かに香るシャンプーの匂いに優しさを感じさせる声が蒼の名前を呼んでいる。


「蒼君……蒼君……」


 蒼はゆっくりと目蓋を開けると目の前には沙雪がいた。

 この日も沙雪のおかげと言っていいのだろうか、目覚めの良い朝を迎えた。


「し、白崎さん!そんな…無防備な格好は……」


 沙雪は何も知らなさそうなきょとんとした表情を浮かべていたため、蒼が胸の所を指さすと、沙雪は顔を赤らめて体を後ろに向けた。


「蒼君……えっち…」

 じゃあ何で風呂には平気で入ってくるんだ。


 最近は朝起きると二人は夫婦の様に一緒にいる。とは言っても沙雪が一方的に蒼の隣に夜な夜な物音立てずにこっそりと潜り込んでいるのということは言わないでおこう。


 二人は一階のリビングへ向かうと、目玉焼きとベーコンと食パンの朝を感じさせる良い香り広がっていた。


「おはよう蒼、沙雪ちゃん」

 

 真弓はテーブルに朝ご飯を並べながら二人に挨拶を交わすと二人も挨拶を返した。綺麗な色合いの朝食だ。


 「今日は一日中雨は止まないでしょう。出かける際は必ず傘を持参してください」


 天気予報士が今日一日は雨だと言っている。ましては豪雨、風の音が窓の隙間を伝って、まるで巨人の口笛と思わせる様な騒がしい音だ。


 沙雪は今日帰る日だというのに、よりによって豪雨とは中々運が悪い。真弓は沙雪にもう一泊していけばと進めるが流石に二日連続はまずいと思ったのか、沙雪は断った。


「あら残念、いつでも泊り来ていいからね」


「はい、お言葉に甘えていつでも泊りに行かせてもらいます」


 蒼としてはいつでもは勘弁してくれという気持ちで一杯一杯だ。



 朝食を終えた後はコーヒーを飲んで一息をついていた。休日の朝にコーヒーを飲みながらまったりする時間は至福の時間だ。


「蒼君、明日のデート楽しみね」


 真弓は瞬時にデートという言葉に目を輝かせて鼻息を荒くしながら反応した。普通見えないはずの鼻息が、形を作って見えた。


「蒼……デート!?」


 こんな男がいきなり超絶美女を家に連れてきて泊まることになって昨日驚いたばかりなのに、今日は明日デートと聞いて驚くのも無理もない。


「あ、デートだけど、その…別に付き合ってるとかそういったことは一切ないからな。これは…罰ゲームでデートってことだから、罰ゲームで…ね?白崎さん」


「嫌だな~蒼君ったら、球技大会の時「俺がゴール決めたら、お前のゴールネットも揺らさせてくれ…」っていったじゃない~恥ずかしい恥ずかしいわぁ」


 嘘丸見えの演技に蒼は振り回され、真弓は完全に沙雪の話を信じ込み、あまりの息子の成長スピードの速さに頭がオーバーヒート寸前になっていた。

 蒼はすぐに沙雪の耳元で囁いた。


「なぁ白崎さん……」


 沙雪は指で唇を抑えて話を止める。


「それよ、蒼君。昨日言ったでしょ?白崎さんじゃなくて沙雪って呼ぶって」


 沙雪は沙雪スマイルを浮かべていた。ずっと白崎さんと呼んでいたことに不満を覚えて、蒼に嫌がらせをしていたようだ。

 その後きちんと沙雪と呼ぶと沙雪は初めて親に褒められたかの様な無邪気な笑顔浮かべて、真弓には上手く説明をして何とか誤解を解くことに成功した。


 コーヒーを飲み終え間もなく正午を回る頃、沙雪はそろそろ帰るところだ。

 母親には昨日の夕方、友達の家に泊まってくると連絡しておいたため、蒼の様に親に心配を掛けていることは無いだろう。


「泊めていただきありがとうございました。真弓さんともお話が出来てすごく楽しかったです」


 真弓は分かりやすく照れ顔を披露している。


「私も蒼の友達、しかもこんなに美人な沙雪ちゃんとお話しできて楽しかったわ。また来てね」


 沙雪は首を頷かせると、お邪魔しましたと言ってドアを開けて外に出たと思ったら、またすぐにドアが開いて戻ってきた。

 そう、この日は豪雨。最近は快晴の日ばかり続き雨が降っていなかった為、傘を持ち歩いていなかったのだ。


 沙雪は上目遣いでじーっと蒼を見つめる。こんな豪雨の中傘もなしで一人で帰るのは嫌だと言わんばかりの表情をしていた。


 仕方なく、真弓が車で家まで送っていくことになった。何故沙雪を送っていくだけなのに蒼も一緒に行くのかは謎だ。恐らくこれも真弓の仕業だろう。


 この日の豪雨は雨の量も勢いも風の強さも凄まじかった。この中をこんなにも細い沙雪が歩いて帰ったら、途中で飛ばされそうだ。赤信号で止まっている際にたまに吹く強風で車が揺れる程だ。これは車を出してくれた真弓に感謝をするしかなかった。


 二人の家はさほど遠くないので十分程度で着いた。蒼は沙雪が濡れないようにと先に車の外で傘を広げている。まるでどこかのお嬢様と執事の様だ。蒼はさりげない優しさで沙雪の心を揺さぶらせているということは知るはずがなかった。


「わざわざ家まで送っていただきありがとうございました」


 沙雪は丁寧に感謝の気持ちを真弓に伝えると、真弓は本日二度目の照れ顔を浮かべていた。


「蒼君もついてきてくれてありがとうね。最後私が濡れないようにって、車の外で傘を広げてくれていた時…蒼君の良さが滲み出ててかっこよかったわよ。じゃあね」


 沙雪は最後にもう一度お辞儀をして家に向かった。

 すると、沙雪がこちらを振り返ってきて急ぎ足で戻ってきた。


「そうそう蒼君、電話番号とSINE交換しようと思ってたのよ。確かまだしてなかったわよね?」


 しているはずがない。蒼の電話帳とSINEには真弓以外の女性は登録していないのだから。友人で登録している人は蒼汰と両手に収まる程度の人数のみだ。

 蒼のスマホに沙雪の電話番号とSINEが追加される日が来るとは一体誰が想像しただろうか。

 もしこのことが学校の男子に知られた時は命日だと思ってもいいだろう。


 そして蒼は人生初の女性の電話番号とSINEのアカウントを交換した。しかもあの白崎沙雪のアカウントだ。男なら誰もが羨むこと間違いない。


「ありがとう蒼君、また明日ね。デート楽しみにしているわ」


 沙雪は出来るだけ濡れないようにと走って家の中に駆け込んでいった。


 蒼と真弓もまた豪雨と闘いながら家に帰って行った。

 



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