第11話 銀髪美女と蒼母

 ――プニュッ

(何だこれ……すっごい柔らかい……それに、あったかい……。ん?この感触、最近どこかで……)

 

 蒼は手に完全にフィットしている何かを二回握ると変な声が聞こえたので目を覚ます。


「おはよう、蒼君。童貞のくせに、朝から積極的なのね。童貞のくせに」


 何故童貞と二回言ったのかは置いといて、目を覚ますと目の前には沙雪がいた。昨日自分のベッドで寝ていたはずの沙雪を目の前で目にした蒼は、すごく目覚めの良い朝を迎えた。

 

「わ、悪い!決してわざとじゃないんだ!悪気はない」


 蒼が全力で弁明べんめいしているにも関わらず、沙雪はそんな蒼を見て微笑んでいる。


「蒼君なら問題ないわ」


 明らかにその発言に問題がある。

 

「あ、今日学校じゃない?やば、すっかり忘れてたわ」


「安心して蒼君。私たちはこの前の球技大会で倒れた組でしょ?なら、休んでても不思議じゃないわ」


 確かにと蒼は難なく納得した。絶対蒼汰と会ったら白崎さんのことでいじってくるよなと分かり切ったことを考えていると、沙雪が朝食を作り始めていた。


 この日の朝食は、フレンチトーストとベーコンとコーンスープ、そして甘さ控えめのコーヒー。沙雪の手料理を食べるのは勿論初めての蒼は、少し楽しみにしている。

 

 フレンチトーストにナイフを入れると、全く切った感覚を感じないくらいふわふわで柔らかかった。口に入れた瞬間、卵の柔らかな風味と共に蜂蜜はちみつのとろけるような甘さが口一杯に広がって幸せな気分になっていた。


「うおっ、すごい美味いな、このフレンチトースト」


「当然よ。私が作ったんだもの」


 料理もできるとか、どこまで完璧なのだろうか。


 食事を済ませた後はコーヒーを飲んで気分をリフレッシュさせる。


「ねぇ、蒼君、今日はどこ行こうかしら?恐らく最後の練習デートよ」


 まだ続くのかとコーヒーをすすりながら話を聞く。今日は皆学校に行っているはずなので、まず誰かと遭遇するということはほぼ無いだろう。


「白崎さんはどこか行きたいところはないのか?」


 蒼が聞くと、まさかの答えが返ってきた。


「じゃあ……今日は蒼君の家に行きましょ」


 蒼は一瞬耳を疑い何度か聞き返すが、何度聞いても「蒼君の家」としか返ってこなかったので、もう行く気満々の沙雪に仕方なく家に来ていいという許可を出す。


「そんなに俺の家がいいのか?別に何もないぞ」


「何もないのは私の家も同じでしょ」


 返す言葉が見つからない蒼は小さく溜息をつく。


 二人は出かける準備をする。沙雪は化粧をしているが、普段とあまり変わらない。むしろ蒼的には化粧なしの状態の方が好みだ。勿論、化粧をした沙雪もとんでもない美人だ。


 準備を整えた二人は蒼の家に向かった。




 蒼の家に向かう途中、昨日行ったショッピングモールを通り沙雪が何かを言いたげそうにしながらこちらを見てくる。


「私、映画見たいわ」


 学校の人達に見られる心配がないため、了承した蒼は映画館「セーホーシネマズ」に向かった。

 何か見たい映画があったのか、沙雪は好奇心をあらわにしていたので蒼は問う。


「何か見たい映画があるのか?」


「えぇ、前々から見たかったのよねこれ――」


 沙雪が指した方を見ると、【死脳】という映画のポスターを指していた。

 どうやらホラー系のモノが好きなようだ。見た目からしてはホラー映画を見なさそうなので意外な事実だった。まぁ紗雪の性格であればビビりはしないだろう。


 ポップコーンとドリンクを買った二人は映画館へ入室した。館内ではキャラメルポップコーンの甘い香りが広がっていた。


 そして上映と同時に辺りの照明がすべて消え、序盤から中々シリアスなシーンから入り館内にはいくつかの悲鳴も響いていた。


 物語は終盤、死脳の見どころシーン。主人公の娘に霊が乗っ取り村の人々を虐殺していき、隠れていた大人の女性が見つかったシーン。いきなり音も上がり蒼の心臓が跳ね上がるが沙雪は静かだ。流石は白崎さんと思いながら目を向けると、思いっきり目をつむっりながら蒼の袖をギュッと握っていた。まるで小さい子がお祭りで迷子にならないようにしっかりと父親の手を握っているかのように。


 蒼は思わず口から可愛いと漏れそうだったが、それをグッとこらえる。


 映画が終わり退出した後、蒼は沙雪にこっそり問う。


「白崎さん?ホラー好きなんじゃなかったっけ?」


「と、得意よ!勿論」


「じゃあ何で俺の袖を接着剤で付けられたみたいに思い切り目瞑って握ってたんだよ」


「あれは……つまらないほど怖くないから隙間ができないくらい思い切り目を瞑って見ないようにし、してたのよ!」


 あからさまな嘘だ。あれは完全に怖がっている女子の表情だった。

 沙雪も実は怖がりだという可愛らしい一面を見た蒼は何だか得をしたような気分に浸っている。


 映画を見た後は昼食をとった。この日の昼食は沙雪おすすめのパスタ専門店で済ませた。専門店ということだけもあり、上品な味付けのものばかりであった。

 その後はカフェに入り雑談をして盛り上がっていた。


 店を出た後、ようやく蒼の家へと向かう。思った以上に雑談で盛り上がり気付けば十八時を回っていた為、日もほとんど暮れ辺りも暗くなりかけていた。翌月から六月に月替わりだったので、初夏を感じさせる生温なまぬるい風が吹いていた。


「着いたぞ」


 ショッピングモールから徒歩約十五分、ようやく蒼の家に辿り着く。

 出掛けた時から無駄に大きなバッグを抱えている沙雪に、蒼は何が入っているのかと考えていると沙雪が沙雪スマイルを浮かべた。


「今日は蒼君の家でお泊り……楽しみね。二日連続で一夜を過ごすのは…」


 その瞬間、蒼は何故沙雪が謎に大きいバッグ持っていたのかを全て理解した。


「え?と、泊まるの?」


「当り前じゃない。暗い夜道を女の子一人で帰らせるつもりなのかしら?」


 そう言われると反論が見つからないため、泊りを許可した。


「ただいまー」


 二日ぶりに帰宅した蒼を、真弓(蒼の母)は抱き着いて出迎えた。心配かけてしまったことに蒼は反省をして悪かったと伝えた。


「ちょっと蒼!家に帰らないでどこに行ってたのよ~、心配したんだからね?お母さんだって蒼が帰ってこなくっ……て……って……えぇ!?」


 真弓は外で待っている沙雪に気付き、蒼の耳元で囁く。


「ちょ、ちょちょ……ちょっと蒼?あのすんごい美人な銀髪の子、誰よ?どんな関係?……まさか、蒼の彼女?」


 彼女という言葉に過敏に反応した蒼は思わず少し動揺して肩を震わせ、誤解を生まないよう積極的に関係性を伝えた。


「彼女なんかじゃないよ、ただのクラスメイトで仲良くさせてもらってるだけだ」


「蒼があんな綺麗な子に?仲良くさせてもらってる?が?」


 何だかすごい馬鹿にされている気がしたが、確かにそう思われてもおかしくないだろう。昔から異性に興味を持たなかった息子が、いきなり超絶美女を家に連れて来たのだから。


 真弓に気付いた沙雪は丁重な挨拶をする。


「初めまして、蒼君のクラスメイトの白崎沙雪と申します。蒼君とは仲良くさせてもらっています。以後お見知りおきを。」


 挨拶を終えると、桜花高校に転校してきた時と同じような優しく微笑みを浮かべた。

 真弓も沙雪に挨拶を返した。


「あ、初めまして沙雪ちゃん。いつも息子が世話になっているわね~。蒼は根暗で不愛想で何の取柄とりえもない子だけど、本当は優しくてちゃんと相手のことを考えるいい子なのよ」


「はい、蒼君の優しさは私もしっかり存じています」


 その言葉を聞いた真弓は嬉しそうな表情を浮かべて、すぐに沙雪のことを受け入れた。


「おじゃまします」


 そして、蒼はこの日、生まれて初めて女性を家に招き入れたのだ。


 





 


 


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