第9話 君の前だけ

 ――ピロリン


一件のメールが入ったとスマホが蒼に伝える。

 ――今日の球技大会で色々起きて疲れたと思われるので、明日の学校は臨時休校とさせて頂きます。明後日、金曜日はきちんと登校するように。


校長から生徒一同への一斉メールだった。臨時休校という言葉から目が離れず、蒼は感極まっている。


「よし、明日は休みになったことだし溜まってたラノベ読むか」


 蒼はやっと未読のラノベを読めると少し舞い上がっていたが、そんな喜びもつかの間、次の日は沙雪と服を買いに行くことをすっかり忘れていた蒼は小さく溜息をついてベッドに入りそのまま眠りについた。



 翌日、蒼は十一時頃に目を覚ました。

 

久しぶりに熟睡出来た蒼は、普段よりも気持ちの良い朝を迎えてカーテンを思い切り開ける。昨日に引き続き今日も快晴で素晴らしい天気だ。


 蒼はそのまま朝のシャワーを浴びて髪の毛を乾かして、少しでも沙雪に相応しいと思われるような格好をしなくてはならないと思った蒼は、手に適量のワックスを取り韓国人風のセンター分けにセットした。服装は、ボーダーのシャツの上に白ワイシャツを羽織って、黒スキニーという至ってシンプルな組み合わせのコーデだ。

 ――あれ、放課後集合って話だったけど……何時に集合すればいいんだ?


 ふと大事なことを蒼は思い出した。聞こうにも、連絡先や電話番号も交換する訳がないので連絡手段がない蒼は直接沙雪の家に行くことにした。


 必要最低限のスマホ、財布、ラノベ(蒼はラノベを肌身離さずいつも持参している)を持って沙雪の家に向かう。


 家を出て約五メートル歩いて右に曲がった瞬間、人とぶつかり倒してしまった。


「すみません!大丈夫ですか?」


 そう言って蒼が手を差し伸べると、相手の人は素直に蒼の手を受け取って立ち上がった。


「全く……気をつけなさいよ、蒼君」

 

蒼がぶつかった相手は沙雪だったようだ。でも何故沙雪がここに?


「何で白崎さんがここに?」

「何でって、学校が休校になって予定が変わっちゃったからわざわざ蒼君の家に迎えに行ってあげようとしたのよ」


 それはありがたいが、何故沙雪が蒼の家を知っているのか疑問に思った。蒼は二回家まで送っているため沙雪の家の場所が分かるが、まだ一度も蒼の家に来たことがない沙雪が家をしっているのはおかしい。


「何で俺の家が分かったんだ?」

「美古都ちゃんに教えてもらったの」


 そう言って、美古都とのSINEのやりとりを見せてきた。恐らく蒼汰が美古都に教えて、それをそっくりそのまま沙雪に教えたのだろう。


「あー、そういうことね。実は俺も白崎さんの家に直接行こうとしてた所だったんだ」


 それなら話が早いと沙雪は言って、早速大きなモールへと二人は向かった。


「ちゃんと髪型も決めてきたのね」

「まぁな、ノーセットだったら誰かと会ったら困るからな。困るのはお互い様だろ?それに、白崎さんの横を歩くなら多少はそれなりに相応しい格好をしていないと白崎さんにも迷惑かけちゃうからな」


 気遣ってくれている蒼に、沙雪は少し関心した。


「蒼君、初めて会った時は根暗で何に対しても興味を持たなそうだったのに……変わったわね」


 沙雪に変わったと言われ、たしかにそうかもしれないと蒼も自覚を持ち始める。


たしかに蒼は沙雪と話すようになってから変わった。まるで、今まで閉ざしてた心に沙雪という一筋の光が差したかのように。


 蒼は恐らく沙雪に対しては無意識のうちに特別な何かを抱いているが、本人はまだ気付いていない。


「ん、まぁ確かに変わったって言えば少しは変わったのかな?根暗なのはあまり変わらないけど、少しは相手に興味を持つようにはなったかもしれないな。じゃないと昨日の球技大会あんなに楽しめなかったと思う。」


 蒼のそんな言葉を聞いて、沙雪は我が子を見るような目で蒼を見ながら微笑んでいた。


「俺だけじゃなくて、白崎さんも変わったよな。最初見たときは完全にクールビューティーだったのに、最近は可愛らしい表情とか仕草をするようになってるもんな」


 沙雪はパチパチと三回程瞬きをしてきょとんとしていた。恐らく自覚がないのだろう。


「そう?学校でもあまり態度を変えているつもりはないのだけれど」

「嘘…?だって、何か……その……」

 

蒼は何かを言いたげそうな表情を浮かべる。


「その?」

 

沙雪は問い返す。


「その…白崎さん……かまってちゃんっぽくなってないか?ああ、気のせいかもしれないからあまり気にしないでくれ…な」


 蒼は両手を閉じたり開いたりして先程の発言を誤魔化そうとする。


「かまってちゃん…?ふふっ……」


 沙雪はいきなりクスクスと笑い始めた。


 すると、沙雪は目の前に来て顔を上げて蒼の目を見て言った。


「私がそうなるのは……蒼君、あなただけよ」

 

ただでさえこの日は暑いというのに、沙雪のせいで蒼は更に暑さが増した。

 ――俺にだけかまってちゃんになるって……


 蒼が唖然としていると沙雪が手を握って早く歩き始めた。


「もうそろそろ着くわよ。練習デート…②の開始ね」



 向かった先は色々な店が並ぶ超大型ショッピングモールだ。

蒼の住む地域にあることは知っていたが、服等は全て母親任せであったため、ここにくるのは初めてだ。


「さぁ、蒼君の洋服選びに行くわよ」

 

 蒼は全然詳しくないので、沙雪についていくだけである。沙雪はこっちに引っ越してきて約二ヶ月にも関わらず、この超大型ショッピングモールの構造を把握していた。


 沙雪に連れてこられた店は、このショッピングモール中の沙雪一押しの店だ。こっちに来てからは、大体の服はここで買っているらしい。


 そして沙雪は蒼に似合いそうな服を何着か手に取っている。蒼は沙雪の選んだ服を一着ずつ試着して見てもらった。


「うーん…やっぱり蒼君細くて顔も悪くないから大体はいけちゃうわね」


 沙雪とは反面、蒼は普段着ない服装の自分を鏡で見て恥ずかしくなっていた。


「よし、決めたわ。すみませーん!これ下さい」


 沙雪は、黒のワイドパンツと白のストライプシャツを購入した。


「日曜日はこれで来なさい」

「分かったよ、ありがとう」


 買い物を終えた蒼達はまだ昼ご飯を済ませておらず空腹だったので、少し遅めの昼ご飯を食べた。


 昼ご飯も終えた二人は店の中を一周する。


「昨日は球技大会、今日は買い物…充実してるわね」

 

全くその通りだ。蒼も生まれて一番充実している生活を今、実感していた。これが蒼には全く縁のない「リア充」というものだろうか。


「色々と付き合ってもらっちゃって、悪いわね」


「いやいや、平気だよ。勝負に負けちゃったんだし。それに、こういうのも楽しいしな」


 二人は会話を弾ませながら、一つ一つ店を堪能してご満悦であった。


 買い物を満足して終えた二人は家に向かって歩き出した。勿論、今日買ったもの全ては、蒼が持っている状態である。


 蒼は沙雪を家まで送ると、沙雪の荷物を部屋まで運び、運び終えた後は自分の荷物を手に抱えて家へ帰ろうとした…その時。


「蒼君、次……練習デート③よ」


 蒼の頭の中には無数の疑問符が泳いでいた。

――もうやることやって家に帰ったっていうのに……まさか!


「練習デート…③は……つまり……泊りよ!」


練習デートで泊りという何ともハードルの高い試練を下され、蒼は頭が真っ白になった。

 



 

 

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