第8話 銀髪美女と焼肉デート

 ――カチッカチッカチッ


 秒針の進む音が静かな保健室に妙な緊張感を作り出す。蒼はどうすればいいのか分からないまま、沙雪の頭をずっと撫でながらこの状況を打破する方法を考える。


「ん……んん……」


 ゆっくりと目蓋まぶたを開けて目を覚ました沙雪と目が合った蒼は頭皮から変な汗を出して、あからさまに動揺を隠しきれていない。


 沙雪もどうして真上に蒼の顔があるのか不思議に思ったがすぐに状況を理解して二人はお互い顔を赤らめて距離をとった。


「ご、ごめん……つい、白崎さんが子供っぽくて……それに、こんな時間まで付き添ってもらっちゃって」


「べ、べ別に……平気よ…」


 まるで付き合いたてのカップルの様な初々しさを醸し出していた。


「決勝戦は、蒼汰君達のおかげで優勝したわよ」


 いつも通りに戻った沙雪が微笑みながら言った。


「そうか、それは良かった。蒼汰にはここまで運んでくれたお礼も言わないとな」


 すると、沙雪が眉を寄せた顔で蒼の襟を引っ張ってきた。


「蒼君、私にの言葉は?」


「白崎さんが寝てるときにちゃんと言ったよ」


 沙雪は頬も膨らませてお怒りのようだ。


「ちゃ・ん・と!今私が聞いている状態で言ってちょうだい」


 ムッと顔を寄せられ蒼は少し照れ臭そうな表情をした。


「分かったよ。ありがとう、白崎さん」


 恥ずかしながら言う蒼に対して、沙雪もほんのり顔を赤く染めていた。


「よし、それじゃあ私達二人の勝負は私の勝ちねっ☆」


 蒼はすっかり勝負のことを忘れていたが、約束は約束なので蒼は沙雪の言うことを聞くことにした。


「何をすればいいんだ?」


「私とデートに行ってもらうわ」


 蒼は一瞬驚いたが、仕方のないことなので快く了承した。


「俺でいいなら全然いいけど、もしバレたりなんかしたら……」


 沙雪が蒼の唇に人差し指を当てる。


「大丈夫、そこは気にしなくていいわ。また前髪をセンター分けにしてとびっきりお洒落すれば、もし学校の人と遭遇しても誰も私とデートしている人が蒼君だなんて思わないわ」 


 沙雪スマイルを浮かべながら、小馬鹿にしてくる沙雪にも蒼はだいぶ慣れてきた。


「バレないといいけど…うん、分かったよ」


「決まりね!じゃあ明日の放課後は蒼君の服を買いに行って、今度の土曜日に桜花噴水園に十時集合にしましょう!」


 蒼は分かったと言って、今までで一番生き生きしている沙雪を見て自然と笑みがこぼれた。


「よし、今日は球技大会で疲れたし帰るか」


 ベッドから起きると、沙雪は蒼の腕を掴む。


「じゃあ今から二人だけの打ち上げに行きましょう。日曜日の本番デート前の練習デート①よ」


「練習デート①ってことは……まさか後日も……」


 さぁねと言ってごまかした沙雪は蒼を連れて、近くの焼き肉チェーン店に入った。


 店に入ると、周りの視線が沙雪の方に向いていた。やはり美人はどこに行っても注目される。


「さぁ、いっぱい食べるわよ!あ、勿論蒼君のおご…」


 嘘だろと蒼は思ったが、流石に女性にお金を出させるのは男としてどうなのかと思ったので気持ちを切り替えた。


「よし、俺の奢りだ!どんどん食べるか」


 すると沙雪はこれでもかと言うくらいの量の肉を一気に頼んみ始めたので、蒼は心底驚いている。


「し、白崎さん…?そんなに食べられるの?」


「えぇ食べられるわ。私、本当に信用できる人の前でしかこんなに食べたりしないの。学校で一緒にお昼ご飯を食べている子達は、いい人なんだろうなとは思うけど、信用はまた別じゃない?だからお昼は普通の量のご飯を食べているわ。多分、家族の皆と……蒼君の前だけ…だわ」


 蒼は、沙雪の家族と同等の信頼を持たれていると聞いた瞬間全身が熱くなったので水を五杯飲んで何とか照れているのを誤魔化した。


 肉がテーブルに届くと沙雪が肉を焼きなさいと言わんばかりの顔で、蒼にトングを突き渡した。


 球技大会後の焼き肉は、身体全体に肉の旨さが染み渡るため格段に美味しく感じた。沙雪もスレンダーな体つきからは想像できないくらいの食べっぷりで、見てる蒼も何だか温かい気持ちになった。

 

 こんなに食べても美しい体型を維持することが出来ているのは、沙雪の日々の努力が報われている証拠だろう。沙雪はかなりの努力家だということを知った蒼は心底感心した。


 蒼が一旦食べるのを辞めて食休みを挟んでいると、沙雪が蒼の口許に肉を持ってきた。


「はい蒼君、あーん。デートの練習のデートなんだから、ちゃんと本番に向けて実践もしないとダメだよ」


 沙雪スマイルを浮かべて寄ってくる蒼に負けて、仕方なく食べた。


「ど、どう?美味しい?」


「ん、あぁ……美味しいよ、ありがとう」


 二人揃って顔を赤らめ、外部からはラブラブだね等という誤解を招いた言葉が飛んできた。


 満腹になった二人は、コーヒーを頼んで語り始めた。


「なぁ、白崎さん…白崎さんはどうして俺をここまで信用してくれているんだ?」


「どうしてって……今日私が倒れた時に、まっしぐらに私の所へ来て保健室に運んでくれたことが一番信頼できるって強く思ったからかしらね」


少し照れ臭そうに蒼はコーヒーを味わって飲んだ。


「それと、蒼君となら素の白崎沙雪でお話が出来るからかしら。普段学校では多分猫かぶっているから疲れちゃうのよ…。そうしないと、また……私は、友達を…」


 それ以上聞くのはまずいと思った蒼は、喉を鳴らして話を途切れさせた。


「ま、まあ、俺は素の白崎さんの方が好きだぞ?皆が皆、学校での白崎さんが好きって訳はないよ。ここに素の白崎さんの方が好きだって言う、影男がいるだろ。だから、俺が言うと全く説得力無いと思うけどさ……自分に素直になればいいんだ」


 すると沙雪は涙を流したので、蒼は焦ってドタバタしていると、沙雪は笑いながら言った。


「本当に……説得力、ないわね」


 うるさいと言って蒼はポケットからハンカチを取り出して、沙雪の涙を拭った。


「蒼君は、たまにそういうこというからずるい…」


「ん、何か言ったか?」


「なんでもないわよ」


 沙雪は直接聞こえるように言うのを、恥ずかしさのあまりに躊躇ためらった。


 満腹になるまで食べて、約束通り蒼が奢った。金額は、中々の値段を持っていかれて新作ラノベを一気に買う金がなくなり心の隅で、蒼は落ち込んでいた。


「今日の練習デートはまぁ良かったわよ……楽しかった」


「それは良かった。焼き肉も美味しかったしな」


 二人はかなり満足気に会話を交わしている。


「練習デートはまだあるからね?あ!明日、蒼君のために服を買いに行くんだから、忘れて帰ったりしないでよね」


 蒼はこんな風に沙雪と話をするのを心のどこかで楽しんでいた。


「忘れないよ。あ、学校ではあまり関わらないようにな?席隣だけど……」


 さぁねと沙雪スマイルを浮かべて、沙雪は先を走って行った。


 夜で辺りは暗かったので、蒼は沙雪を家まで送った。


「わざわざ家まで送ってくれて、ありがとうね」


「暗かったから流石にな。女性と付き合ったこととかはないけど、それなりの知識は備えてるよ」


 蒼は何故か誇らしげに言って自慢する。


「また明日ね、蒼君。球技大会お疲れ様、おやすみなさい」

「おう、お疲れ様、おやすみ」


 蒼は帰りにコンビニでジュースを買って、飲みながら家に帰った。






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