第7話 二大事故

 沙雪達のバスケが始まる時間なので蒼は沙雪に言われた通り体育館へ応援に行った。


 どうやら沙雪はスタメンとして試合に出場する模様だ。周りの生徒は沙雪の美貌に釘付けだ。そんな注目を浴びながら、沙雪は入念に準備運動を行っている。


 蒼は沙雪と目が合い口パクで「見てなさい」と告げられたので、はいはいと頷いた。


 そして沙雪達の試合が始まり、生徒一同もテンションが舞い上がっている。

 

 開始早々、沙雪のもとにパスが回ってきた。沙雪はまるで経験者の様に滑らかなドリブルで相手ディフェンダー陣を抜き去っていき、綺麗なレイアップで早々に点を決めた。流石の運動力だなと蒼は感心していた。


 その後も三組は着々と得点を重ねていき、見事初戦白星スタートを飾ることができた。


 沙雪達は二、三、四試合目も見事に勝ち進み、残すは決勝戦のみとなった。


 決勝戦まで一時間の空きがあったので蒼は飲み物を買いに自販機へ向かうと、そこで沙雪と会った。


「白崎さん、バスケ習ってたのか?すごかったよ」


「ふふっありがとう。まぁ蒼君のサッカーよりはかっこよかったでしょ」


 蒼は少し痛いところを突かれる。


「返す言葉が見つからないよ」


ふっふーんと沙雪スマイルを浮かべる。


「あ!今思いついたんだけど、よりかっこいい所を見せた方の言うことを何でも聞く…っていうのはどうかしら?」


 いきなりの発言に蒼の頭には疑問符が浮かんだ。


「おいおい……それじゃ俺に勝ち目がないじゃないか」


「ふふっ、だから提案したのよ♡」


 ズルい女だと蒼は口に出しそうになったが、言ったら面倒なことになりかねないのでグッと呑み込んだ。


「まぁいい。あ…怪我だけは、しないようにな…」


 沙雪はまた、蒼が言わなそうなセリフを言われて顔を赤らめ、蒼も同情するようにさっきの自分らしくない発言を思い出して顔を赤らめた。


「気を付けるわ、ありがとう。ちゃんと見に来なさいよね」


そう言って沙雪はウォーミングアップへと向かった。


 そして迎えた決勝戦。沙雪達の相手は三年五組、桜花高校女子バスケ部のエースがいる強敵だ。


 試合は三組が苦戦を強いる内容となっている。バスケ部エースである凛先輩の猛攻を見た蒼は、レベルの差を見せつけられて驚いていた。


 そして数少ない三組の攻撃の機会で、沙雪はキレのあるドリブルで相手陣地に切り込みスリーポイントシュートを打ったが惜しくもリングに弾かれてしまった。だが、沙雪は諦めない一心で落ちてきたボールに食らいつきジャンプした。


 次の瞬間、凛先輩と沙雪は衝突して二人共地面に身体を打って意識を失うという大事故が発生した。当然体育館内はパニック状態に陥り、決勝戦は中断となった。


 その事故現場を目撃していた蒼は普段他人のことはあまり気にかけないが、何故かこの瞬間は沙雪が心配になり、沙雪のもとへと全力で向かった。


「白崎さん……おい……白崎さん!」


 声をかけても返事が返ってこないことに蒼は焦りを感じ、沙雪を抱えてすぐに保健室へ運んだ。保健室のベッドに沙雪を運び少し落ち着いたころ、蒼は何故あんなに沙雪を気にして駆け寄ったのかを自分の心に問い詰めた。

 

 

 そんなことをしばらく考えていると、沙雪は目を覚ました。


「ん……ここは…?」


「気が付いたか。ここは保健室だ。さっき決勝戦で相手チームの先輩とぶつかって背中から落ちて意識を失ってたんだよ」


「はっ…!決勝…決勝戦はどうなったのよ…」


流石に中止だと伝えると、沙雪は残念そうな表情を浮かべていた。沙雪の悔しがっている顔を見るのは初めてだった。蒼は沙雪の色々な表情を見る度に、同じ人間なんだと実感する。


「蒼君にかっこ悪い所見せちゃったわね…」


蒼には沙雪が何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「何がかっこ悪いんだ?むしろかっこよかったと思うぞ」


「え…………?」


「あんなに真剣に競技に取り組んでる姿を見てかっこ悪いなんて思う訳がないだろう。それに、そういう気合の入った顔も見れて良かったしな」


沙雪は枕に顔を埋めてモゾモゾしていた。


 すると突然、蒼の背中に沙雪が身体を押し付けた。この時の蒼の胸の鼓動は今までで一番高鳴っている。


「し…白崎…さん?」


「蒼君が…私をここまで運んでくれたんでしょ…」


「あ、あぁ……」


「蒼君が運んでくれたって保健室の先生から聞いたときはびっくりして…」


 そのことは自分自身も驚いている。蒼はまた自分に問い詰めて答えた。


「白崎さんが倒れた時、何故か助けないとって強く思ったんだ。俺も初めての感情だったから自分に驚いているよ」


 その時、蒼の頭の中には何故こういった行為に出たのかの理由がパッと浮かんだ。


 蒼にとって沙雪と話したり一緒に帰ったりしたことは、大切な思い出として気付かないうちに胸に刻まれていたのだ。蒼には蒼汰以外に親し気に話せる人がいなかったので、ここまで話しかけてくれたりとしてくれた沙雪のおかげで蒼の心は以前の蒼と少し変わっていたのだ。


 そう思った瞬間、少し感謝の気持ちが蒼に芽生えたが自分にまだ素直になり切れていない蒼はそれを伝えることが出来なかった。


 しばらくすると、沙雪は蒼から離れいつも通りの沙雪に戻った。


「でも、とりあえずありがとうね。そして…さっきのは忘れなさいよ」


 忘れなさいと言われても中々忘れることができないだろと心で突っ込みを入れて、はいと首を頷かせた。


「次は蒼君の番よ、決勝トーナメント頑張りなさい。あ、怪我しないようにね」


 沙雪は最後に自身の体験をもとに、怪我しないようにと付け足して言った。蒼は気を付けるよと言ってグラウンドへと向かった。


 ウォーミングアップを蒼汰達と済ませ、いよいよ決勝トーナメントが始まった。 

 蒼も少しはこの決勝トーナメントで良い所を沙雪に見せないとと思い気合を入れた。

 決勝トーナメント一回戦目の相手は一年七組であった。そして、決勝トーナメント一戦目が開始と同時に三組は猛攻を仕掛けた。やはり蒼汰達の攻撃力はすごいなと蒼は後ろから見ていた。その勢いは全く止まることなく、決勝トーナメント一戦目は見事五―〇で勝利した。


 そして準決勝、相手は二年九組。九組は三組と同じ人数の経験者と現役がいるので実力はほぼ互角といっても過言ではない。


 試合が始まると、流石に今まで通り攻撃をすることが出来なかった。相手の守備もしっかり整っていて中々こじ開けられずにしていると、カウンターを食らい一点奪われてしまいそのまま前半を終えた。


「流石に九組強いな。蒼、大丈夫か?」


 息を上げている蒼に蒼汰は優しく気にかけてくれた。いつもふざけているように見える蒼汰の目が今回は真剣だったため、無駄な心配をかけてしまったことに蒼は申し訳ない気持ちになった。


「あぁ、大丈夫だ。変な心配かけて悪いな」


 蒼汰は気にするなといつもの笑顔で言ってグラウンドへ向かった。


 そして迎えた後半戦、三組は前半よりもキレのある攻撃で相手陣地に迫る。


 攻め続けること十分、ようやく均衡を破った蒼達は一点取返し同点まで持ち込んだ。


 その後も激しい攻防戦が続き試合時間も刻々と迫っている中、蒼のもとへボールが転がってきた。その瞬間蒼汰の声が聞こえた。


「蒼!パス!」


 蒼は蒼汰にパスを出す一心で大きく振りかぶった。前半の空振りとは反対に、見事蒼はしっかりミートさせて蒼汰のアシストに貢献した。そして試合は二―一で三組が勝利し見事決勝戦への切符を手に入れた。


「蒼ー、ナイスパスだったぞ!白崎さんパワーのおかげかなー?」


 蒼は蒼汰に褒められると同時にからかわれたので、笑って適当に流した。

 

 その時、蒼は視界がぼやけて頭がクラクラして意識が朦朧とした。

 ――バタン!


 蒼がいきなり倒れ、蒼汰は心配になり保健室へと運んだ。


 目を覚ますと、視界には白い天井が広がっていた。頭がぼんやりしていて最初は何も分からなかったが、すぐに決勝戦を前にして倒れたことを思い出し体を起こした。外を見ると辺りは暗く、時間も夜の七時半であった。


 すると、蒼は腕に何か柔らかいものが当たっている感触に気付き見てみると、そこには沙雪が寝ている姿が目に入った。体勢を見た瞬間に腕に当たる柔らかいものはすぐに察し、胸の鼓動が早くなった。蒼は理性を失わないよう意識を別のものに向けようと努力するが、沙雪が寝相を変えようと身体を動かすときに柔らかいものが腕の上で動くので意識がどうしても沙雪に向いてしまう。


「んん……蒼君の……バカ……」


 沙雪が寝言を呟いた時、蒼はこんな時間まで付き合わせて、沙雪に心配をかけて申し訳ない気持ちになった。


「悪かったな、心配かけて」


 蒼は微笑みながら謝ると、子供の様な寝顔で寝ている沙雪の頭を優しく撫でた。

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