第5話 銀髪美女と放課後デート

 夕日が紅に金を混ぜた強烈な色彩で二人の背中を柔らかく包むようにして染めている。


 妙にくっ付きながら横を歩く紗雪の横顔は夕日が紗雪の顔の輪郭を包み込むように照らしていて、まるで絵の様に美しく、蒼はしばし見惚れていた。


「どうかしたのかしら?」


「い、いや…。なんでもないよ…。こ、こうして女子と二人で放課後帰ることなんて一度もなかったからなって思って」


「あら、そうなの。流石、童貞ですね…」


 やめろよと言い放った蒼は顔を赤らめながら恥ずかしいあまりに下を向いた。


「そういう白崎さんこそ、男子と帰ったことはあるのかよ」


「えぇ、あるわよ。男子と帰ったこと」


「やっぱりあるのかよ。そいつはこんな美人と帰れてさぞかし幸せだっただろうに」


「勿論幸せだったこと間違いないわ!」


「うわ…。よくそんな自信満々に言えたな。流石以外の言葉が出てこないよ」


 紗雪は変なクセのある笑い方で、どうだと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「まぁ、当然のことだわ!…だって、パパだもの」


 蒼は見事にひかかったことを知り、自分にも紗雪にも呆れた。


「はぁー…。なんだよ、そういうことかよ。てっきり学校の人かと思っちゃったよ」


「誰もそんなこと言ってないでしょ」


 そう言いながら、紗雪は満面の笑みを浮かべていつもの上品で美しい顔ではなく、少女の様に華奢で可愛らしい笑顔であった。蒼も普段の紗雪とは別の紗雪の顔を見れて心のどこかで満足していた。


「白崎さん、まだ桜花高校ここに来てあまり間もなくて、学校でも…何て言えばいいんだ…。至高の薔薇みたいな表情だったのに、今は可憐な向日葵みたいに明るくて子供っぽくて、何か…愛らしかったぞ…。」


 紗雪は、まさか蒼からこんな事を言われるとは思ってもいなかったのか、目を丸く見開きながら顔全体を赤らめて蒼を見つめていた。それに蒼も同情したのか、蒼も若干ではあるが顔を赤らめていた。


「…蒼君が、そんな事を言ってくる人だなんて…全く思ってなかったわ」


「そりゃ俺だって、人間…だからな。…一応」


「そうね、一応ね」


 できれば一応という部分は取り除いて言って欲しかったと蒼は思いながら少し微笑んだ。


「今日一緒に帰ってみて、蒼君の意外な一面を知ることができてよかったわ」


 それはお互い様だなと蒼は返した。


 結局蒼は紗雪の家まで送っていた。思った以上に普通の家で蒼は少し驚いたが、又もや親近感を勝手ながら感じていた。


「普通の家に住んでるんだな」


「…ん?それは一体どういった心境で言っているのかしら?私だって普通の人間なのよ」


「いや、違うんだ。白崎さんお金持ちそうだったから、てっきり豪邸に住んでるのかなって思って」


「豪邸なんかに住んでいないわよ。それに、見た目でお金持ちって判断されるのは……」


 その時、紗雪は何とも今にも泣きだしそうな、まるで生まれたての子猫の様に、か弱い表情をしていた。


「白崎さん?」


 蒼が問いかけると、何でもないわと紗雪は曇って表情を消して言った。


「わざわざ家までついてきてもらっちゃってありがとうね」


「家帰っても暇だし、別になんてことないよ」


 また明日と声を交わして蒼も自宅へ帰った。


 普段より歩いた距離が多いせいか、足に疲労がいつも以上に溜まっていたので、蒼は帰宅後すぐに風呂場へ向かった。この日の風呂は別格だった。湯船には、一日の疲れや、肩こりなどに効く炭酸ガスを発生させる物体を入れて満喫していた。湯に浸かりながら蒼は今日の紗雪の悲しそうな表情をぼーっと考えていた。多少気にはなったが、あんな完璧そうな白崎さんに悩みなんてないだろうと思いながら風呂を上がった。


 お腹を空かせた蒼は風呂を上がってリビングに直行した。この日の夕飯は、蒼の大好物の母さん特性ソースのかかったハンバーグに、トマトのほんのり酸味の香りをしたミネストローネ、そしてレタスやコーンなどで盛りつけたサラダだ。


「今日は蒼の大好きなハンバーグよ」


 蒼の母――真弓がご飯を茶碗によそりながら言った。


 真弓は蒼がまだ小さい頃に離婚して、女手一つでここまで蒼を養ってきたのだ。女手一つで全てをこなしているのであるから、多くの疲労が溜まっているだろうに、いつも辛い表情を一切見せずに優しく接してくれる真弓に、蒼は体から溢れんばかりの感謝を抱えている。自分以外にはあまり何も感じない蒼が、唯一心の底から尊敬して思いやりの心を持てるのは、恐らく真弓だけだろう。


 いただきますをすると、蒼はすぐさまナイフでハンバーグに切れ目を入れてカットした。ナイフを奥に奥に入れていく度に中から肉汁が溢れ出てきて食欲を異常にそそってくる。一口サイズにカットすると、口許に運んで豪快な一口で噛みついた。口の中には、さっき肉汁が溢れたにも関わらず、また更に噛めば噛むほど肉汁が出てきて、真弓特性ソースのケチャップの酸味が口の中に広がって肉汁とケチャップの酸味が絶妙にマッチして美しい音色を奏でていた。蒼はとても幸せだろう。蒼は何一つ残さず全ての料理を平らげた。


 満腹になった蒼は自分の部屋に戻ってベッドに横たわっていると、やはり今日はリラックスすると紗雪の表情が頭に浮かんでしまう。気にしないと思っても気にしてしまう。今までの蒼からは想像もつかない現象だ。蒼は次の日に今日の表情について何か聞いてみようと思い、そのまま眠りについてしまっていた。


 翌日登校していると、蒼汰と美古都が後ろから来た。


「よっ、蒼」


 おはようと返して蒼汰の方に目を向けると、蒼汰と美古都が手を繋いでいた。


「私達、昨日から付き合い始めたの」


「そういうことだ蒼!何か祝品は?」


「んなもんねーよ。俺もお前らお似合いだなとは前々から思ってたから良かったよ、おめでとうな」


 蒼からおめでとうと言われて、蒼汰と美古都は少し照れながら笑っていた。初々しさが全開に表に出ていた。


「中村も彼女できるといいね。できれば!だけど」


「俺も美古都と一緒に応援してるぜ!…白崎さんと」


 蒼汰は最後に耳元で「白崎さんと」と囁くと美古都を連れて学校へ向かっていった。美古都は最後に何を言ったのかとしつこく蒼汰に聞いていた。蒼は後から、なんもねーよと言って一人で学校へ向かった。


「蒼君、おはよう」


「おはよう」


 いつも通りの紗雪であった。今日聞こうとしていた昨日のことは、やっぱり何でもないのかなっと思った蒼は何も聞かずに荷物を机の中に詰め込んだ。

 ――カサッ。


 何やら机の奥の方から紙の様な音がした。なんだと思い紙を手にした蒼は誰にも見られないように後ろを向いて紙を広げた。

 ――蒼君、今日の昼休み屋上に来て。待ってる。


 名無しで蒼宛の手紙だった。何なんだと不思議に思った蒼は数秒間、固まって手紙を見ていた。――もしかして、ラブレター?こんな俺に?…いや、また中学の頃の罰ゲームかもしれないしな…


「蒼君」


 いきなり紗雪に名前を呼ばれた蒼は、体を分かりやすく硬直させながら振り返った。


「な、なに?白崎さん、どうした?」


「どうしたはこっちのセリフよ。んで、何なのかしら?その紙は」


 珍しく蒼が焦りを表情に出していた。


「あぁ…これはただのゴミだった。何かのプリントの端切れだったから誰のかなーって考えてたんだ」


 ふーんといつもの笑みを浮かべて紗雪は蒼を見つめた。蒼は息を呑み込むまで追い込まれていた。


「ま、どうでもいいけど。でもしっかり持ち主の所にはちゃんと持っていきなさいよ」


 そういって紗雪は一時限目の化学のため、クラスの女子と化学室へ向かった。蒼汰に一緒に行こうと言われ蒼もその後向かった。化学の時間は実験だったので、皆楽しそうに取り組んでいたが、蒼は手紙のことをずっと考えていた。

 ――一体誰なんだよ。


 その後、二、三、四時間目まで終わり、蒼は手紙に書いてあった通り昼飯を手短に済ませてから屋上へと向かった。


 屋上への扉が開くと、そこには誰も見当たらなかった。あれと思いながら柵の方へ向かうと、いきなり後ろから両肩に勢いよく手を掛けられて蒼は思わず「うわっ!」と声を出した。


 振り返るとそこには紗雪の姿があった。千咲はあの無邪気で可愛らしい笑顔をお腹を抱えて見せていた。

「な、なんで白崎さんがここに?」


「あはっ、あはははは、はぁ、は、あー面白いわ蒼君、思った通りのリアクションだわ」


 紗雪は完全に笑いのツボにはまっていたが、十五秒くらいで治まった。


「んで、なんでここに?…ってまさか、この手紙は白崎さんが?」


「そう、正解よ。私が蒼君に手紙を書いたのよ」


「どうしてわざわざ手紙で呼び出したんだ?直接言ってくれればいいのに。てか名前ちゃんと書いとけよ」


「だって…直接言ってもし誰かの耳に入ったりしたら面倒臭いし、それに…名前書いたらもし落とした時誰かに見られるかもしれない…じゃない…」


 この時の紗雪からは、乙女そのものの可愛さを感じた。最近の紗雪からは、転校してきた時の美しさではなく、可愛さを感じることが多々ある。


「そういうことね。んで、呼び出した理由は?」


「蒼君と二人きりでまた楽しく話したいから」


 その時の紗雪は風に吹かれて綺麗な艶のある銀髪を靡かせながら《なび》、爽やかな優しい笑みを浮かべていた。

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