第3話 夢と現実

紗雪の衝撃の告白にクラスメイト達は目を丸くしていた。蒼も心臓を打つ音が少し早まっているのを感じていた。


「お、おい、今、好きって言ったよな?」


 皆が同じ様なことを口にしてざわついていた。

 

 蒼が少し照れていた顔を上げると、蒼汰がこちらに嫌らしい視線を送っていた。蒼汰は目を輝かせながら二回程ウィンクをしてきたので、妙に腹立たしいと思いながらこっち見るなと合図を送ると、はいはいといった表情で蒼汰は答えた。


 次の瞬間、紗雪は席を立った。


「嘘よ」


 べーと小悪魔的な笑みを浮かべながら少し舌を出した紗雪。


 周囲のクラスメイトも唖然としていたが、何だ嘘かよとすぐに解釈したようだ。


 蒼は少し気恥ずかしい気持ちになり軽く笑ってこの場を過ごそうとした。


「蒼君、だったわよね?君が根暗そうだったから少しからかってみたいと思ったのよ」


 少し小馬鹿にした口調で言う紗雪は、まるで今日転校してきたとは思えないくらいクラスの中心人物の様な雰囲気を醸し出していた。


 蒼はクラスメイト達にもからかわれ小馬鹿にされたが、そこまで気にせず、慣れているから別に大丈夫だと冷静に答えてお手洗いに向かった。


 男子達は、紗雪の告白が嘘だと知った瞬間に俺の彼女にしてやると言わんばかりの目を浮かべていた。


 女子達はからかい上手などと笑いながら話していた。


 蒼は教室に戻ると、いつも通り席に座って今後の学校活動について話している先生の話を聞いた。


 話を終えた後は昼食の時間だったので、蒼は購買で買ったパンを自分の席で当然の様に一人で食べていた。


「やっぱり、流石の蒼でもあんな美人からの嘘コクはショックなのか?」

 

 蒼汰が右手に焼きそばパン、左手にイチゴミルクを持ちながら問いてきた。


「別に。そもそも俺みたいな奴が白崎さんみたいな別嬪さんに本命で告白されるわけないだろ」


 蒼は最初から本命ではないと分かっていた。


「お前顔はそんな悪くないよな。てか、案外整ってるから白崎さんと釣り合わなくはないと思うけどな」


 綺麗な顔立ちをしている蒼汰に言われると、なんだか少し嫌味に聞こえるのは気のせいだろうか。


「あんた、いきなり転校生に嘘コクなんかされちゃって…もう舐められてるのかしら?ふふふっ」


 会話にいきなり割り込まれたかと思えば、いきなり美古都に馬鹿にされて更にイラッとした。美古都に言われるとイラッとするのは何故だろう。


「舐められようが舐められなかれようが、俺には関係ない」


 

 昼食を終えた後は、係や委員会を話し合いで決め、放課後を迎えた。


 蒼は初日がこんなに疲れるとは思っていなかったのか、椅子に座った状態で背中を伸ばしそのまま寝てしまった。


「蒼君。…蒼君ってば、起きなさい。もう誰もいないわよ」


 誰かに起こされ顔を上げると、目の前に紗雪の顔が現れたので蒼も驚いて椅子と共に床に転がり落ちてしまった。紗雪は大丈夫と言いながら上から蒼を覗いた。


 その時、紗雪のスカートの中が蒼の視界に映ってしまい、思わず蒼は呆けた顔をした。


「ピンク色とは…何とも可愛らしい下着だな」


 教室には悲鳴と頬を叩く爽快な音が響いた。


 少し蒼と紗雪は会話を交わした。


「私が嘘で告白した時蒼君はさ、その…何だこいつとか、ウザいって思わなかったの?」



「んー、そういった感情は全然抱かなかったな。まず、こんな根暗な俺と神々しい白崎さんとじゃ釣り合うはずもないしさ」


「そ、そうなんだ、やっぱ根暗ね…蒼君は。でも、本当に悪かったわね蒼君」


「別に気にしなくて大丈夫だよ。つーか、もしあの告白が本当だったとしてもこっちからお断りしてたし」


 これを聞いた紗雪は、そうなんだと少しにやけながら、ふーんと頷いていた。


「今日はお話ししてくれてありがとうね。では、また明日」


「おう」

 

 二人はそれぞれの家へと帰って行った。


 

 翌日、学校へ登校すると蒼の机の周りにはクラスメイトだけではなく他クラスの人、そして三年の先輩方も集まっていた。しかも男子の割合が高かったので、恐らくえらい美人転校生がいるという噂を嗅ぎつけて来たのだろう。


 蒼は自分の席なのでどけて下さいと言って席に座ると、他クラスの皆が羨ましそうに蒼を見ていたが蒼は全く気にせず読書を始めた。


「おはよう、蒼君」


 紗雪が挨拶を交わしてきたので、蒼も普通におはようと返した。ただ挨拶を交わしただけなのに男子達からの鋭い視線を感じたことに疑問を抱いたが気にしなかった。


「昨日は付き合ってくれてありがとうね」


 誤解を招きざるを得ないようなことを口にした紗雪に思わず蒼も息が詰まった。


「お、おい、ただ少しだけ話しただけだろう。あまり勘違いされそうなこといきなり言うなよ…」


「あら、そう?じゃあ何と言えばよかったのかしら」


 からかい半分の口調で聞いてくる紗雪に、蒼はもう何でもいいよとだけ伝えた。


「とにかく、俺はただ昨日放課後教室で寝ている所を偶然白崎さんに起こしてもらったからお詫びにって感じで少し話し相手になっただけだから…なんだ、その、別に不埒なこととかは何もしてないからな」


 蒼は詳しく昨日のことを説明すると、ったくという表情を浮かべて紗雪の方に視線を向けると、やはり紗雪は小悪魔の様な笑みを若干浮かべながら横目でこちらを見ていた。


 新学期二日目からは授業が開始された。一時間目から四時間目まで睡魔と闘いながら何とか乗り越え、昼休みを迎えた。どの授業も最初に自己紹介をやらされたので正直面倒だった。


 五、六時間目は加藤先生の授業なので自己紹介がない為、やっと自己紹介フェスが終わると思い清々しい気分だったので、今日は屋上で昼ご飯を食べた。蒼汰はともかく、何故美古都まで一緒に食べているのかは謎だったが、恐らく蒼汰についてきたからだろうと蒼は悟った。


「蒼くーん、昨日の放課後白崎さんと二人で話したんだな、あはははは」


 体をくっつけて下品な笑みを口角九十度て浮かべながら聞いてくる蒼汰に対し、気持ちが悪い以外の言葉が思い浮かばなかった。


「ただ話しただけだっていうのに、何でそんなニヤけついてんだよ。…てゆーか離れろ暑苦しいわ」


 ごめんごめんと言いながら蒼汰は体を離した。


「中村、あんた白崎さんと二人で話したからって調子に乗ったり、変なことしたりするんじゃないわよ」


「調子にも乗らないし変なこともしねーよ。てかそんな感情持たないわ」


 蒼は美古都に言われたことをきっぱりと否定した。そんな感情はまず持たないと。


 

 昼休みを満喫した後、すぐに加藤先生の国語が始まった。その日は新学期初の国語の授業ということもあったので基本、加藤先生が音読しているのを教科書で黙読しながら聞くという何とも暇で眠気を誘うような時間だった。


 隣に座る紗雪に少し目を向けてみると、顔を伏せていた。

――完全に寝てるだろ


 蒼は、頭良さそうで優等生っぽい白崎さんでもこんな大胆に授業中居眠りするんだと謎の関心を持って、意外と俺達と同じなんだなと親近感らしきものを身勝手ながら感じていた。


 同時に蒼も眠気を感じたので顔を伏せて寝る体勢に入ると、何やら隣から名前を呼ばれた気がしたが紗雪は寝ているので気のせいだろうと流した。



「ねぇ蒼君、蒼君ってば」


「………」


「あ・お・い・く・ん」

 

 どこかで聞いたことのあるフレーズが聞こえる。そして声が聞こえた方を見ると寝ていると思った紗雪がチラッと机と腕の隙間からヘーゼル色に光る丸くて綺麗な瞳でこちらを覗き込んでいた。


 その瞬間、蒼は完全に夢の中の少女と紗雪が一致している事を確信して思わず目を見開いて驚きを隠しきれなかった。


 もし今の状況があの日見た夢で、あの少女の正体が紗雪であるのであれば、蒼には次に飛んでくる言葉を知っている。



「「私とし・り・と・り・しない?」」


  二人は声を揃えて発言した。

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