第9話 そり

 二時間も背負われていると体の節々がおかしい。


「少し休もう。おんぶされているだけでも疲れる」

「疲れを感じない呪いを掛けてあげましょうか」

「それ、疲れを感じないだけで、肉体にはもの凄い負荷が掛かるんじゃ」

「治癒魔法使いじゃなくて悪かったわね」

「そうだ。走り続けるんじゃなくて、止まれなくすれば良いんだ」

「ええと、どういう事」

「物には摩擦係数まさつけいすうってのがあるんだ。でこぼこがあると早く止まるだろ。それを呪いで軽減する」

「そりでもないと難しいんじゃないの」

「そうだなリビングアーマーの靴に掛けたら転がりまくりだろう。パーツを外して呪いを掛ける」

角行かくぎょうの前面に呪いを掛けるのね。それは分かったけど誰が押すの」

「フライングソードに引っ張ってもらうのに決まっているだろう。それに飛車ひしゃが押す」

「リビングアーマーに相乗りするの。凄い絵面ね。それで本当に早くなるのかしら」

「とにかくやってみよう。その前に」


 俺は角行かくぎょうから滑っては困る足と手と背中などのパーツを外した。


「やってみてくれ」

「ええ。かの物を立ち停まれなくしたまえ。【カース】。本当につまらない物を呪ってしまったわ」


 角行かくぎょうは膝と肘で立ち上がろうとするが、滑って転がりまくった。

 俺は角行かくぎょうに外したパーツを押し付け魔法を使う。


「全身鎧よ、生ける死者になれ。【メイクアンデッド】パーツよ元に戻れ【アンデッドヒール】」


 角行かくぎょうに全てのパーツがそろい角行かくぎょうは腹ばいになる。

 滑るのを飛車ひしゃが足を持って押さえた。

 皮のベルトを角行かくぎょうの面頬にくわえさせる。

 フライングソードも角行かくぎょうの両手に収まり準備は整った。


「よし、出発だ」



 そりとなった全身鎧の上に跨って俺達は風を切って進む。

 案外上手くいくもんだ。

 少しそり気味の変なポーズを長時間とってもアンデッドは疲れない。

 角行かくぎょうの手は万歳の格好で手には一本ずつフライングソードが握られている。

 足は膝を折り曲げ後ろから押す飛車ひしゃが掴み易いようにした。


 うん、順調だ。

 前方にオークが見えてきた。


飛車ひしゃよ。跳ね飛ばせ。最大出力だ。ジュサ、つかまれ」


 オークの顔に焦りが見える。

 二人分プラス全身鎧二体分だから重量的には負けないはずだ。


「かの者を重くしたまえ。【カース】」

「なぬ。体が重い。くそう、俺に呪いを掛けたな」


 フライングソードが衝角よろしくオークのひざ辺りに当たった。

 足一本持っていかれて転がるオーク。


飛車ひしゃ、ターンだ。止めを刺せ」


 足を一本持ってかれて膝立ちしているオークに突撃。

 見事討ち取った。

 どんなもんだい。

 アンデッドそり角行かくぎょう号の前には敵など無い。


 それから、リビングアーマーに魔法を掛け直したりしながら、ぶっ通しで駆け続けた。

 途中出てきた魔獣なんて、そりの衝角しょうかくで串刺しよ。



 夜が明ける頃にようやく街が見えた。

 やっとか。

 リビングアーマーよ、ご苦労様。

 フライングソードもご苦労様。


 俺達は教会の買取所に向った。

 教会は街の一等地に建っている。

 ちくしょう、たんまり儲けやがって。

 今から絞りとってやるからな。

 俺が売った世界樹の実が教会の莫大な収入になるのは言わない約束だ。


 朝の参拝に訪れる人達を横目に目の下に隈をこしらえた俺は堂々と中に入った。

 そこでは、神官が受付をしていたので話し掛ける。


「世界樹の実を採って来たので、買い取ってもらいたいです」

「鮮度が悪いと買い取らないよ」

「見て下さいこれです」


 俺が世界樹の実を渡すと。


「おお、瑞々みずみずしい、神々しさすら感じる」


 嘘ばっかりだ。

 世界樹なんて言っているけど実際は樹の魔獣。

 トレントみたいに動かないけど、攻撃すると魔法を使って来るのは知っているぞ。

 世界樹の実を採るのは落ちた物を回収しているだけだ。


「特殊な加工をしたんで、エリクサーに出来るか確認してもらっても良いですか」

「それはご親切にどうも。急げ世界樹の実だ」


 神官はそう言って下っ端の神官に壊れ物を扱うように実を渡した。


「ところで職業は何を」

「見ての通りゴーレム使いです」

「それでは道中が大変だったでしょう」

「ゴーレムには毒を塗った剣を装備させてます」

「確かに魔獣に慈悲じひは必要ないですからな」


「出来ました。エリクサー最上級です」


 奥から下っ端神官が息を切らして駆けて来た。


「おい、走るなと何度言ったら。ちなみに、特殊な加工って言うのは」

「漬物ですよ。特殊な溶液に漬け込みます。詳細を教えると食っていけなくなるのでご勘弁かんべんを」

「そうですか。では、報酬として金貨百枚の所を金貨百二十枚支払います」

「ありがとうございます」

「いえ、このエリクサーで病の人が助かりますので、礼には及びません」


 知っているぞ。

 教会は治療するために法外な値段を取るってな。

 貴族のみにしかエリクサーは使われない。


「また、世界樹の実を運びますのでよしなに」


 そう言って俺はその場を離れた。


 今から寝ると夕方に起きてしまう。

 ここは眠気をこらえて起きておく手だな。


「ちょっと、散財しよう。食べたいものとかあるか」

「長い時間揺られていたので少し気分が悪いわ。軽い物とお茶が良いわね」


 それじゃ散財にならないけど、なんだかデートみたいだな。

 ないな。

 服呪いジャンキーのジュサとデートだなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る