第12話 「交渉という名の抗争」
「どうどう」
橋を渡り、馬から降りてくるこの男が噂に聞くシャルレットだろう。
二十騎ばかりを引き連れているが、傭兵団の規模からしてもっと大人数いてもおかしくない。
彼らを抵抗せず受け入れたのは、白旗を振っていたからだ。
今のところ敵対する意図はない――ということなのだろうか?
「よう! 兄ちゃんがここの領主かい?」
「そういうあんたは“鉄斧”シャルレットだろう? 戦場での武勇伝はいくつか聞いている」
「そりゃどうも」
「そしてその苛烈な略奪でも、な……」
「こんないい男なのになぁ。泣く子も黙る悪鬼のように言われて悲しいぜ」
「そんなあんたがどうして襲うでもなく、その村の領主と対話しようなんて気になったんだ?」
「いやぁ、ここらはあまりにものどかだから当てられちまってね。俺としたことが紳士になっちまったぜ」
そこでシャルレットは「ニィ」と歯を見せて笑う。
「て、言えば満足か?」
「何っ!?」
「いやね、本音を言うと兄ちゃんの言う通りしたいところだったんだがねぇ。だってここ、めちゃくちゃいい村じゃない?」
シャルレットは村を見渡しながら、大仰に手を広げて見せる。
「でもまぁ、うちのエースがね、どうしても『止めた方がいい、ここだけはやばい』って言って聞かないんだわ」
そこで彼の後ろからひょっこり姿を現したのは、猫のような耳と尻尾を持った獣人の少女だった。
「…………」
彼女は無言で俺を見つめている。
そして天敵でも見つけたかのように全身の毛を逆立てている。
「だから勘のいいコイツが、そんなに恐れる相手がどんな奴か俺の目で確かめたかったんだ。そのうえで平和的解決できるならそれもアリって思ったわけだ。それが真相」
「平和的解決? とても傭兵団らしかぬセリフだな」
「俺たちだって四六時中戦争してるわけじゃない。楽できるならそれに越したことはないし、人死にが出ないのはお互いにとっていいことだろ?」
「なるほど、そしてこの場合の平和的解決は『村をタダで略奪させろ』ってか?」
「まあまあ、そんな身構えなさんな。何も俺たちはあんたらに無法を働こうってつもりはない。ここだけの話、俺たちに依頼されているのは確かに村の略奪だが、川より北までって話でね。ぶっちゃけここはグレーゾーンなわけで。俺も略奪ばかりは心が痛む。だから差し出すもん差し出してさえくれりゃいいわけよ」
読めてきた。
この裏にいるのは国境となっている森の先、ゲシェルビア協商連合――通称ゲシェ連――だろう。
確かにシャルレット傭兵団はフリーの時に略奪を働いたりしないという。
戦場のみを求める戦争狂(ウォーモンガー)――略奪はあくまで戦争の範疇、略奪のみを目的とする連中とは一線を画すというが……。
だがすでにこちらは村人が殺されているんだ。
そのうえで、武力を背景に脅してきている。
実害が出ている以上、平和的もへったくれもない。
それに果たして本当に傭兵団の口約束が信用できるのか?
「差し出すもの、とは?」
一応、要求は聞いておこう。
「寝床と、酒、それからありったけの飯だ! あと馬草もな」
なるほど、略奪してしまっては、アジトが手に入らないからな。
やつらはこの村を拠点としてほかの村を襲うつもりなんだ。
となればやはり約束を反故にする可能性はある。
「傭兵たちを村に引き入れるのか。それは……、村人に危害を加えないと保証できるのか?」
するとなぜかシャルレットは一瞬、素っ頓狂な顔をして
「まあ、あいつらもだいぶ溜まってるんでなぁ。そっちから何かされたら血を見るかもだが、こちらから狼藉を働く真似はしないと約束しよう」
それからまたあの、悪を演じるようなニヤッとした顔を作る。
「それから領主様には貯めこんでる全財産吐き出してもらう。これくらいはいいよなぁ」
「それは全然かまわないんだが」
即答する。
まあ、ぶっちゃけると俺の金でもないわけだし、村の再建事業のためにほとんど使ってしまったからなぁ。
金庫には一週間分のパンを買う金も残っていない。
「や、驚いた。普通そこで渋った反応すると思ったんだがなぁ。それに自分の身の保証じゃなくて領民の保証を聞いてきたあたりも驚きポイントだわ」
シャルレットは目を丸くして――
「領民の命を真っ先に案じて、自分のものには頓着しない――いや、兄ちゃんは俺が出会った中でベスト領主だわ、がはは」
そうやってよく晴れた空に豪快な笑いを響かせるのだった。
「まあ、俺からの提案は以上だ。この条件が呑めないなら、わかってるよな?」
領民の身の安全を考えればここで争うことは絶対に避けねばならない。
だがやはり、彼らの提案は呑めない。
権力と金に阿り、力無き者に対しては脅すような姿勢は反感しか湧かない。
そして何より――
「ただし、あんたはうちの村人を殺した。それは許されざる行為だ」
「……ああ! そういえば、そこらへんで農閑期だってのに麦運んでるやつらがいてよぉ。あんまりにも珍妙なもんだから殺しちまったぜ! やっぱり兄ちゃんのとこのやつらだったか」
こいつ、領主の前でぬけぬけと……!
挑発のつもりなのか?
やはり、穏便に済ませるつもりがないのではないか?
事の成り行きが不安定になってきた。
獣人の少女が不安そうに俺とシャルレットの顔を交互に見る。
「いやなに、あんたんとこの領民ってなら、返すよ。ちょうどこの死体を、そいつの故郷に埋葬してもらおうと思ってね」
シャルレットが「おい、お前ら!」と後ろに控える傭兵たちに声をかけると、荷馬車から、数人の死体が担ぎ出される。
いずれも知っている顔だった。
「うあぁぁ、ハンス……!」
ヨハンがその中に自分の息子を見つけて、床に置かれた彼の下で嘆き崩れる。
この痛みばかりはどうすることもできない。
ネクロマンサーは魂の抜け殻を操ることはできても、そこに魂を戻すことはできないからだ。
俺は拳をきつく握る。
くそっ、こいつら……!
いともたやすく、平穏に生きていた農民を手にかけるなんて……!
怒りを覚える俺をよそに、シャルレットが思い出したように、村を見渡しながら言う。
「ところでなんだが、この村はたしかに栄えてるが、なんか変だよなぁ」
こいつは突然、何を言っているんだ?
屍者ならみんな墓地に還らせたはずだ……。
「何が言いたい?」
「収穫期でもないのに麦が刈つくされた跡がある。それに足跡がいくつも残っていることからついさっきだ。これだけの大収穫を朝一にやったってのに、今いる村人たちは少ないときた」
「だから、何が言いたいんだ!?」
「実言うとな。俺の目――うちのとこの斥候を昨夜、とある村に送ったんだよ」
「……!」
「あいつが言うには死んだ匂いのする奴がわんさか働いているんだとさ! そしてそこじゃ、領主は何もない土地から一瞬で麦畑を生み出してるとか言うんだぜ! 笑っちまうよな!? 俺も最初、悪い冗談だと思ったぜ!」
そう、笑い飛ばしたかと思えば一転――
戦争屋は鋭い眼光で俺を射抜きながら、低い声音で続ける。
「だが今は確信できる。兄ちゃん――、お前は異常だ。お前には『死』がべったりくっついている。俺は数々の戦場で何度か『死』に触れたことはあるが、お前はまるでそれと一体化してるみてぇだ」
気迫が違う――
それは先ほどまでのニヒルな伊達男のそれではなく、人生を戦場に費やした一人の男のものだ。
「お前は何者だ?」
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