「ルールとマナー」(後編)

そうそう、上手だ。

呼吸に、呼吸に気をつけるんだよ。たっぷり息を吸い込みたくなるだろうとは思うけど、お互い緊張感を持って仕事をしよう。君は抑制を、わたしも抑制を。そこそこフェアだろ。


なんの話だっけ、そうだ。

エルフ族の名前の話だ。宮廷にこんな立派な部屋を持ってるってことは、君、そこそこ偉い人なんだろ?教養のある人の話はいつだって面白い。時間があればいろんなお喋りをしたいところだけど、質問することは少なめにしておこう。パトリックノーマンマクヘネシー。


西方列島国家の出身かな?並列の家名をつなげてゆくエルフ族の文化については耳にしたことがある。エルフ族は長命だと聞くし、3つの家名を連ねてるということはそこそこの地位の人だと推測するよ。


それでさ、単刀直入に聞くけど君は、わたしのことを「誰からの使い」だと思っている?ああ、大きくなければ声を出してもいいよ。君の地声が、絶叫系でないなら問題ない。息を吸わなければ大きな声は出せない。

ふむふむ。


『リィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリーム』


ンフフ、よくもそんな早口言葉みたいな名前、何も見ないで言えたね。なに?復唱したわたしもすごい?

褒めてくれてありがとう。


その通り、君の想像している通りだよ。

そのエルフのお嬢様がわたしに、君のことを「死ぬほどこわい目」に遭わせてやってくれって頼んできたのさ。

痴話喧嘩かい?

君のケツに焼けた鉄の棒を突っ込んでやって欲しいとか、穏やかじゃないよね。対価もすごい。渡し方は気に食わなかったけど、大金だったしね。お金に名前は書いてない。


あ。


まいったなぁ。

今気づいたけど、わたし、依頼人の名前を公開してしまった。これはマナー違反ではないけど、ちょっと困ったことになった。

何って、そりゃさ、これから君を殺さないでおくという選択肢をとってしまうと、わたしが、大変マズい立場になるってことさ。

だって君、君だって復讐したいだろ?

自分をこんなこわい目に遭わせた相手を、おんなじような目に遭わせたいって思うはずさ。あの女のおっぱいを切り取って口に突っ込んでやってくれって、君はどっかのギルドに駆け込むだろ。

ダメダメ。

これは口約束だからだめだとか書面にしたからいいとかではないんだよ。自分の意思で仕返しを止められる生き物はいない。これはわたしの持論だがね、ひとは傷つけ合うようにできてるんだよ。人は、復讐を諦められない。

朝になってわたしが君の視界から消えて、君が最高だと思う用心棒を雇って、そして君は今日の恐怖を忘れる。復讐への欲望が君の心を塗り替えてしまうんだ。


まあいい。

どっちにしろ君、残念だけどもう君の物語はここで終わりだ。黙り続けて、自殺タイマーを進めるメリットはどこにもないだろ。


だから、とにかくおしゃべりを続けようじゃないか。おしゃべりが続いている間は命も続く。小さな千夜一夜物語さ。それに、話しているうちに見回りの近衛兵あたりがやってくるかもしれない。

君にとって、わたしがおしゃべりであることは、まあ、たしかにそのせいで死ぬ運命になってしまったわけだから一概に手放しで「良い」とは言えないけどさ、基本的には歓迎すべきことだと思うんだよ。


それでさ、君、彼女に一体何をしたんだい。聞かせて欲しいな。


本当に心当たりがないのかい。


自分がしたことの、記憶がないというわけではないのかい。まあ、あんな長い名前を噛まずに言えるくらいだ。記憶力はそこそこ悪くないんだろう。でも、まったく心当たりがないっていうのは変だろ。だって、あのお嬢様の様子ときたらまるで、ロンメンの牛みたいだったぜ。マジでさ。


わたしが見たところ、金の問題じゃあなさそうだった。わたしに支払った額からしても、金に困ってるんじゃない。となると、彼女が怒り狂う原因としたら、侮辱されたとか、プライドを傷つけられたとか、その手のやつじゃないかなとは思うんだ。


君は、まあ、悪党だろ?

なんか、ないのかい。手下が彼女の縄張りを荒らしたとか、商売のルートを潰したとかさ。


え?

いや……その。

白状するとさっき言ったのは半分ハッタリなんだ。わたしは君のことをそこまでよく知ってる訳じゃない。二、三の賄賂の件は知ってるけど、そこそこの地位にあれば賄賂くらい断る方が難しいってのも同じくらい知ってる。そもそも、個人的な贈り物と賄賂は区別がつくかって言ったら難しい話だしね。


そうだ。


区別がつくかどうか難しいと言えばわたしの話さ。ここ、龍の国のルールの話で聞きたいことがあるんだよ。君たちは、どうして殺し合う前に長々と罵り合いをするんだい?文化なのか?

相手が身構える前に、ぽっとひと突きした方が手っ取り早いし楽じゃないか。言いたいことがあるなら、ごぼごぼ言ってる相手を見下ろしながら伝えてやったほうがラクだろ。

お互い、ぜえぜえするくらいに罵り合って、それからようやく「かくなる上は決闘ですな」って、バカかってわたしは思うんだよ。


いやね、暇だから何度もこの宮廷には出入りしてる。屋根裏や窓から覗けるところは少なくないんだよ。彼らは見られてると思ってないのかな。それとも、わたしみたいな小物のことはそんなに気にしてないんだろうか。

分からないけどともかくさ。言い争いをするのは君たちにとって一体、なんなんだい?儀式なのかな。それとも、それだけで満足しちゃうのかい?


ん?


へえ。

そうか、君は暴力であれば一律、サベッジ、野蛮と呼ぶんだね。面白いな。同じ言葉でも、国を変えると別のものを指す。不思議なものだねと思ったけど、まあ、しかしどこの国も似たようなものか。

いや、おかしいのはわたしなのかな。


わたしはね、暴力というものが、いかなる場合にも忌避すべきものだとはどうしても思えないんだよ。今の君とわたしの状態を見てごらん。君に、圧倒的な暴力があれば状況は打開できるかもしれない。逆に、会話や話し合いだけでこの状態は解決しないだろ。


こういうことを言うと、君たちはいっつも同じことを言う。最初にわたしが「間違った方法」をとったからだって。

でもさ、わたしがそれをやめたって、世界には「間違った方法」はわんさか溢れてるじゃないか。それに対抗するのは、本当に「それは間違ってる」って口を動かすことだけなのかな。


いや、わたしは意地悪な問題提起をしたいわけではないんだ。本当に……その、考えているんだよ。


暴力が間違った方法だと言うなら、間違った方法の方が効率がいいっていうのは、おかしいと思うんだよ。間違った力に頼って発展した文化は、一度、その力が存在しなかった頃まで戻らなければならないんだろうか。


たとえば君たちエルフは、魔法で火を起こす。それ自体を否定するものではないよ。でも、今の時代にはフリントだって存在するし、千年熾だってある。ナパームだって、高価だけど手に入れられないわけじゃない。


その時代にあってさ、鉄と火薬は「間違った文化」だって言われても、はあ、そうですか、ってところだと思うんだよね。間違っているといえばそうなのかもしれないけど、でも、まあ、もうこれなしに世界は動かないようになっているしなあ、って。


そこに来て暴力だ。

わたしたちは、古来から狩りをして食べるものを調達していた。これだって一つの暴力だ。狩られる方だってただ食べられたんじゃ面白くないから抵抗する。ふたつの暴力がぶつかって、勝った方だけが生き残る。これは、生き残った方が「より間違っている」ってことかな。

別のクランからカチコミをかけられたら反撃して自分たちの家族を守る。これも暴力だ。間違ったものに対して、身を守るための暴力なら許されるって言うんならさ、世界がわたしを殺しに来ているとしたら、わたしのすることは「なんだって許される」ってことになっちゃわないか?


今だってそうさ。

わたしが君の拘束を解くと、君はわたしを殺そうとするだろ。その場合、全くの善意から君を自由の身にしようとした「わたしが悪い」のか?

いやまあ、わかってるよ。そんな顔しないでほしい。


そうだよ。この場合、その原因をわたしが作ったのがそもそもの原因だ。でもさ。

じゃあ、たとえば「君を拘束したのがわたしではない誰か」で、わたしはたまたま通りがかった殺人鬼だとしよう。わたしはまだ何もしていない。ただこうやって、爪を見せびらかしておしゃべりをしているだけ。確かに君のことは殺すつもりでいるけど、「まだ何もしていない」。


今、ロイヤルガードが飛び込んできて戦術魔法でわたしを黒焦げにしたら確かに君は「助かる」。

けど、わたしはどうなるんだ?「まだ」何にもやってないのに。

まだ起きていない罪でわたしに罰を与えるのは、正しいことで許される「暴力」なんだろうか。仮にわたしが、本当の善意から君の拘束を解こうと手を伸ばしたこの手を、君たちが振り払うだけでなく焼き尽くそうとするとしたら、それは。


ああ、そう。

仮定の話さ。


わたしが言いたいのはね、手段は手段でしかないってことなんだ。どんな時も目的によって手段が正当化されたりはしない。

同じように、手段によって目的が非難されたりするべきじゃないってこと。暴力は暴力。ただそこにあるだけで、いいものでも悪いものでもないんだってことさ。


ああ、ごめんよ。


話が逸れてしまったね。

話を戻そう。わたしの依頼人であるリィンお嬢様に、君は一体何をしたのか。


へ?

心当たりがない?

いや、そんなことはないだろ。

だって彼女は君のケツに…いや失礼、下品な言葉遣いだけど、君のその部分にあんな執着を見せるんだぜ。少なくとも、君の屈辱や苦痛は、彼女にとって大きな価値を持っている。

彼女が望んでいるのは、誰かへの見せしめじゃないだろうな。わたしが頼まれたのは、君を「死ぬほどこわい目」に遭わせることだ。実行したところで君がそれを周囲に吹聴するとは思えない。もし実際にわたしが君の、その、尻にさ、この棒を突っ込んで火傷させたとしたら、君はその事実を必死で隠すだろ。

男の人たちは、デリケートだよね。

まあつまり、いかなる場合にもそれは、君を含む「誰か」への威嚇にはなりようがないんだ。それに、見せしめにしたいならちゃんと「警告になるよう、惨たらしく殺してほしい」って頼むだろ。料金は割増になるけどね。


とにかく、わたしの依頼人、あの高慢なお嬢様に対して君がどんなひっどいことをしたのか、あるいは彼女の鼻をバッキリへし折るだけのポテンシャルを君がどこに隠し持っているのかというのは、今のわたしにとって物凄く興味のある話なんだよ。


心当たりがないでは済まされない。

ただ息を吸って、吐いて、飯を食ってるだけであのクソ女の神経を逆撫でするスキルがあるっていうんだとしたら、君には是非とも明日からはもっと盛大にスーハー呼吸をして、モリモリご飯を食べてもらいたいと……あ、ごめん。


君に、明日は来ないんだっけね。

我ながらデリカシーのない発言だったよ。ごめん。本気で謝る。


ああ、悪かったってば。そんな顔しないでほしい。君がリィンお嬢様に自覚的に何かをした覚えがないのは分かったよ。わたしが彼女にいい感情を持っていないのを知っても、君はちっとも嬉しそうな顔にならなかったからね。


暗殺者を遣すくらいに彼女が君を嫌っていることは認識していて、でもその具体的な理由には心当たりがない。


……ということはつまりさ、心当たりがありすぎて見当がつかないか、ただ単に「あのお嬢様の性根がドブみたい」だってことを知っているだけか。どちらかだろうな。

そして、もうひとつ聞きたいんだけどね。


過日の『少年騎士殺し』に関して、君は、何か関わっているのかな?


……。

そんなきょとんとした顔をするなよ。


ンフフ。わたしは嘘を見破るのが下手っていうのは、嘘さ。わたしには便利な能力があってね。

そのお陰でこういう仕事を得意にしているんだけど、つまりさ。嘘の反応と、本当の反応を見分けることができるんだ。


君が、リィンお嬢様に恨まれる覚えがないと答えた時の反応と、少年騎士殺しに関わっているか聞かれた時の反応は同じだった。

少なくとも同じとわたしは判断したよ。


これは便利な能力だが、万能ではない。嘘と本当の違いを見分けるだけで、どっちが嘘でどっちが本当かまでは分からないんだ。あくまでも、本当と嘘の「反応」の違いを見分けるだけ。


だから、今のわたしには「君がリィンお嬢様にしたことも覚えていて、少年騎士殺しにも関わっている」のか「本当に心当たりもなくて、少年騎士殺しにも関わっていない」のか、そのどちらかだろうということしかわからない。


わたしが「君がリィンお嬢様にしたこと」を知っていれば、少年騎士殺しについての君の関わり方もはっきりするだろうね。

でも残念ながらわたしはそれを知らされていないんだ。


まあいいよ。

長かったけれども本題に入ることにしようか。


二週間前、この宮廷で少年騎士が殺された。


もちろん、君も知らない事件じゃないだろ。

中庭に面した回廊の隅で、まだ14歳の子供が殺されていた。おそらく現場はそこじゃない。どこか別の場所で殺されて、そして中庭に運ばれてきた。見つけたのはわたしじゃない。だけど、現場は見た。


犯人はまだ捕まっていない。誰かも分からない。その子は、わたしの知る限り真面目なのが取り柄だったし、宮廷の中では新顔だったはずだ。貧民の出身だし、怨恨や嫉妬からやられるような身分でもない。ただただ、責任感が強い子だった。


この国の大半の連中が、自分のことは自分で片付けるのをマナーにしているのは知ってる。でもそれは、自分で尻を拭けないことには関わらないってのとセットであるべきなんだ。自分の手に負えないことを、好んで背追い込むなんてのはセットにすることじゃない。騎士だって、死ぬのは仕事じゃないはずだ。絶対に殺されるって分かってる相手に挑むのは騎士道精神なんかじゃない。自殺だ。


わたしは知っている。

あの子は、何かに挑んで、やられた。傷を見れば分かる。

わたしはね、後悔しているんだよ。

あの子が、騎士を目指すって言った時に、もっとキツめに諭して思いとどまらせておくべきだった、って。


ああ、ああ。

なんのことだか分からないよね。ごめんよ、少し話が先走ってしまった。順を追って説明しようか。


殺された子はね、わたしの知り合いの兄弟なんだ。

この国に来たばっかりで、わりと荒んでた頃のわたしによくしてくれた子のお兄ちゃんでね。彼らのために一度、憂さ晴らしに揉め事を解決してやったのを覚えている。わたしにできるのは、掃除、殺し、そんなところだから、つまり、その子たちの敵になるであろうヤクザ者を、八つ当たりを兼ねて何人か殺してやっただけなんだけどさ。


当時、わたしは、あの子たちに見られないように仕事をした。子供が知るべきではないと思ったんだ。殺しは汚れ仕事だという自覚くらいはあるよ。嫌われたくなかったというのも、正直ある。

何より、ヤクザたちはあの子たちの貯めた金を奪おうと計画していただけで、実行に移してはいなかった。正当防衛とは言えない状況だったしね。

まだ子供のくせに、騎士試験に受かるような子だよ。真面目な、いい子だった。彼らに知られたら、殺さない解決法だってあるんじゃないかとか言い出すに決まってると思ったんだ。


一方わたしはヤクザ者がどんな連中だかは知ってる。関わってしまったら殺すしかないようなやつも、世の中には居る。


さっき話した喩えと同じさ。

わたしは、まだ起きていない罪を防ぐために、ヤクザ者を何人か殺した。結果、そこの長兄は追い剥ぎに遭うことなく騎士試験の試験料を支払い、晴れて試験に合格して、騎士となって宮勤めだ。


そして、2年もしないうちに宮廷で殺されてしまった。


わたしがやったことは、あらゆる意味で彼らのためにならなかったのかもしれない。わたしがヤクザを放っておきさえしたら、奴らは兄弟から試験料を巻き上げ、彼は騎士にはなれなかった。そりゃ一時期は辛い思いをしたかもしれないけれど、少なくとも痛めつけられ、金を取られるだけで済んだ。


彼が死ななかった未来があったのかもしれない。


わたしはさ……実は、リィンお嬢様なんて割とどうでもいいんだ。あの子の、ヴァレイを殺した犯人を殺してやらないと気が済まないんだよ。


ああそうさ。これは正義感ではない。ただの、そうさ。

八つ当たりなのさ。


ああ、ごめんよ。

ちょっと熱くなってしまった。わたしにとっては大事な話だが、君には関係ない話だったね。


ヴァレイのことに君が無関係なら、わたしは粛々と仕事を片付けて次の手がかりに向かわなければならない。お互い、忙しいというのは心をなくすね。毎日仕事をこなしながら、その合間で少し息をつく。毎日はその繰り返しだ。

時々考えるよ。

仕事をしなければ息をつく必要もないのにね。

そして、もしそうだとすると、仕事と息抜きの時間を取り除いたら、わたしの人生には何が残っているんだろう?


えーと。

そうだね。ごめんよ。

わたしは肝心の話を切り出すのがヘタクソでさ。


急な話題変更になってしまってすまないんだけど、ゆび、ってあるだろ。そう、その、手と足の先についてるモゾモゾしたやつのことさ。

その指にはいろんな役割があってさ。普段生きてるとあまり考えない話ではあるんだけど、ちょっと蘊蓄を披露させてほしい。


例えば親指。

これは他の指と全く違う役割を持っている。ほら、逆向きに生えてるだろ?

この指がないと、しっかり物を掴むことができないんだ。「手」を持つ生き物だけがこの特徴を持っている。ミノタウロスだって、斧を握る手は蹄じゃない。文明は、親指が作ったと言ってもいいとわたしは思う。たしかに、親指ってどんな時にも使うものだよね。大事な指だよなあ。かけがえがないよ。


次に小指がある。

君は剣を振るんだっけ?どれどれ。なんだ、綺麗な手だな。あんまり剣術は好きじゃないのかい。まあともあれ、小指の話だ。

剣は小指で握る。

もっとも流派によっては違うんだろうけど、わたしの学んだところではそう教わった。教わったけど、その意味が分かってきたのは本当に剣を振るようになってからさ。剣ってさ、切っ先に力を入れるためには、切っ先からいちばん遠いところに力を入れるのが一番なんだ。

ほら、遠心力、遠心力。

見てごらん。これが、人差し指で握った振り。

こっちは小指。ね。見て違いがわかるくらい、振りの速さが違うだろ。

小指も、もちろん大事だよね。


人差し指だって大事だよ。これは今度は剣を振り戻す時に使う。引き戻すときは逆に、切っ先に近い方で戻す方が楽なんだ。何人も斬る時なんか、この、楽をしたかどうかってのが、地味に効いてくる。


残るのは中指と薬指。

中指はさ、掌を上に向けて、何かを持ち上げる時に役に立つんだ。指の中でいちばん真ん中だろ。バランスの要だ。それに大抵の人は中指がいちばん長い。指一本、握りの位置が変わると力が変わるし、指一本分でも、長く遠くまで届くってことが生死を分ける時がある。いや、ほんと。長く生きてると結構あるもんなんだよ。

それに、ぶっ殺すぞって伝える時に立てる指がないと不便じゃないか。


最後に、薬指は、ねえ。

あんまりこれと言って役に立つ指ではないんだけど、無くなると困るよ。

だって、ほら、結婚指輪を嵌める指だろ。見たところ、君も未婚、わたしだって未婚だ。機会があれば、一度結婚しておきたいと思ってる。リングを嵌める指が失くなると、格好がつかないじゃないか。

薬指も、なるべくなら大事にしておきたいなあ。


……あ、笑ってもいいんだよ。

今のはわたしの渾身のジョークさ。どっちかって?や、ああ、そうか。君は結構失礼なことを言うんだね。別にわたしに結婚願望があってもいいだろ。それはジョークじゃない。

ジョークなのは、「あんまり使わなくても、薬指はなるべく残したい」って方さ。ロマンだろ。


さて。

遠回りしたね。

君には今から、一本、指を選んでもらう。

どの指でもいいよ。今からちょっと時間をあげる。大事なことだからね。よく考えるといい。わたしは依頼主にお土産を持って行きたいと思う。インパクトのあるものがいいね。義理というのを欠くと、とかくこの世は生きにくいと聞く。


なるべくフェアに行こう。わたしは強引に奪い取るのをよしとしない。君にも選択の自由はあるべきだ。

さっきのわたしの話を、おおいに参考にしてくれて結構だよ。ノンノン。でも質問は無しだ。一本、指を、選んでほしい。右手でも左手でもいい。君、利き腕はどっちだい。左。ふむ。エルフ族では珍しいね。とにかく、指だ。


……え?

答、早いな。もっと悩まなくていいのかい?まあいいよ。聞こう。


なるほど。

『右手の、薬指』ねえ。

決めた?それでいいの?ほんとに?

もう変更は受け付けないよ?


ンフ。

ンフフフ。


……みんな、だいたいそうやって答えるんだよねえ。

特に左利きのひとはほとんど100%だ。わたしの話し方がうまいのかな。生まれ変わったら詐欺師にでもなろうかな。どう思う?わたしは、決して誘導したりはしていないよ。


ンフフ。


ンフフフ。

失敬失敬。いやね、でもおかしくてたまらないじゃないか。

だってそうだろう。


ンフ。

わたしが聞いたのは、「失くしてもいい指」ではないよ。

逆さ。

「切り落とさず、一本だけ残す指」が、いちばん使わない右手の薬指でいい、なんてさ。


そりゃ、笑っちゃうだろ。

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