#9
玲が気がついたときには、倉橋はすでに逃げた後だった。何時間もその場に泣き伏せていたようだ。よろよろと立ち上がると、暗闇に向かい歩き出す。
夜にはもう朝の気配が混じり始めていた。黎明を告げる冷たい風が玲の泣きぬれた顔に吹き付ける。
玲の頭の中を占めているのは、泣き虫で、お人よしで、優しすぎる、あの名前の無い幽霊の事だけだった。瞼の底が熱くなると、また涙が頬を濡らす。
新聞をいっぱいに積んだ自転車が走りぬける。交差点ではヘッドライトを点けた自動車が信号を待っている。街は、新たな一日に向けて胎動を始めていた。
玲は何度も手の甲で涙を拭う。こんな姿を誰かに見られたくなかった。それでも、どこから湧いてくるのか涙は止まらなかった。こみ上げてくる熱い息を詰めて一言だけ呟く。
「お姉ちゃん…………!」
また、悲しみの波に襲われ、嗚咽を殺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます