#3

 放課後を幾分と回った駅のホームには人影がなかった。老朽化が進んだ木造の無人駅ではあるが、これでも通学時間には生徒達のはしゃぐ声で喧騒にあふれている。あとしばらく時間が経てば部活動を終えた生徒達が帰宅のために集まってくるだろう。いまはまだ周りの世界から取り残されたように静まりかえっている。

 玲は沈黙が支配する駅のホームにただ一人、佇んでいた。白いプラスチックのベンチを見つけると、そこに腰掛ける。隣の席に赤いジャージで包んだ頭蓋骨を置いた。不満げに独り言を言う。

「人がいなくてよかったです」

「え、なんで?」

 玲は剣呑な眼差しでもって頭蓋骨の主である彼女を見た。

「ぶつぶつと独り言を言っている危ない人と思われるのは嫌です」

「あはっ、そういえばそうね」

 彼女からは屈託のない天真爛漫な笑みがこぼれた。玲は不服そうにその笑顔を見つめて、それに、と言葉を継いだ。

「あなたのように強い想念を残したままの霊は、感じやすい人にとっては多大な悪影響を及ぼしてしまうのです」

 今まで明るく笑っていた彼女は玲の一言で黙り込んでしまった。

「……ごめんなさい」

「謝らないでください。別にあなたが悪いわけではありません」

 玲は彼女から目を逸らすと、遠い丘陵の先を見つめた。線路の向こうからローカル線がこちらに向かってくるのが見える。


 玲が車内に入ると、冷房のひんやりとした空気が汗ばんだ肌を心地よく冷ましてくれた。車内にはまばらに人が座っている。玲はそのうちで空いている窓際の席を見つけて腰掛けた。窓からは暖かな陽光が差し込んでおり、玲は少し目を細める。

 隣の座席には彼女が居住いを正して、なんとなく居心地悪そうに座っていた。

 ブザーが鳴り響くと、がたんと強い振動とともに車窓の風景が動きだす。

 玲は車窓の外の景色を眺めており、終始無言である。隣の席で彼女はじっとしていたが、耐えかねたのか周りの様子をうかがうと、小声でそっと玲に話しかけた。

「……玲ちゃん。玲ちゃんはいつもこんな感じで人助けをしているの?」

 玲は窓辺に肘を置いて風景を眺めていたが、姿勢を変えず小さくうなずいた。

「へぇ。私より若いのにすごいね。おばあちゃんのところに私を連れて行くって話していたけど、おばあちゃんも霊能者なの?」

「……うん」

「すごいね。やっぱり、お母さんもおんなじ感じの仕事?」

 玲はすこしの間沈黙すると、窓辺から腕を下ろして前をじっと見つめた。しばらく考えた後、小声で話し始める。

「お母さんはいません。わたしを生んだ後、すぐに死んでしまいました。お父さんもわたしが小学生の頃に、わたしを怖がって家を出て行ってしまいました」

「え……」

「わたしがいる場所には、さまざまな怨念が訪れて災いを招くのです。飼っていた猫や小鳥はすぐに狂って死んでいきました。友達だった従兄弟の子は悪霊に取り付かれて、何日も熱に苦しめられた後、うなされて道路に飛び出したところを交通事故で亡くなりました。お父さんは言っていました、わたしは鬼子だって」

「…………」

「お父さんがいなくなった後、有名な霊媒師だったおばあちゃんがわたしを引き取って育ててくれました。おばあちゃんはわたしにいろんな事を教えてくれます。おばあちゃんは言っていました。玲は神さまに選ばれてしまったんだって。人よりも強すぎる力を与えられてしまったんだって」

「玲ちゃん……」

 玲の瞳から一粒、雫がこぼれてスカートに落ちた。流れ落ちる涙を玲はそのままにした。

「わたしは多くの人を救わなければならない。それがわたしの使命だから。だって、わたしは神さまに選ばれてしまったのだから」

「玲ちゃん!」

 気がつくと彼女は玲の手を握り締め、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた。まぶたをごしごしとこすり、息をつめると盛大に鼻を啜り上げる。

 玲はその様子を見て、少し引く。

 彼女は嗚咽で途切れがちになりながらも言葉を絞り出す。

「辛い話をさせてごめんね……、私は、私ひとりがずっと苦しいんだと思っていた……。玲ちゃんがそんなに辛い目にあっているなんて知らなかった。そうだよね、そんな歳で私よりいろんなことを知ってるんだもんね。うん、歳不相応にしっかりしてるとは思ってたんだ」

「……」

「そうだ、私が――」

 次の一言を聞いて玲は、こんな霊、連れてこなきゃよかったと激しく後悔した。

「――私が玲ちゃんのお姉さんになってあげる!」

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