第12話 ポジティブ第一

「なあムラセ、こうなる前まではどこに住んでいたんだ ?」


 移動中の装甲車の中にて、助手席に座っていたベクターは後部座席の窓から外を眺めているムラセへ言った。


「こことは違う別のシェルターにいました…あんまり良い思い出は無いですけど」


 ムラセは酷く憂鬱な様子であった。互いによく知らない部分が多い故、素性を聞かれること自体は彼女も妥当だとは思っていたが、必要以上に語る事で場の空気を悪くしてしまうのではないかという不安も心の片隅に存在していた。


「シェルターの名前は ?」

「スワンプエッジです」

「そいつぁ確か、農作物の輸出をしてるシェルターだな。中々儲かってるって聞くぜ」


 スワンプエッジという名のシェルターについて彼女が言及すると、タルマンも少々驚いたように語った。彼曰く、とてもでは無いが人身売買に加担する様な地域では無いとの事らしい。


「そこそこ良いとこで暮らしてたんだな。じゃあどうして奴隷に ?」

「父が…といっても義理なんですけど、事業に失敗して…出稼ぎに行って欲しいと頼まれたら、罠だったんです。見張りの会話で何となく、自分が売り飛ばされたんだなって思いました」


 ベクターも不思議そうに尋ねて来る。ムラセは忌々しい記憶に少し震えながら事の経緯を語り、二人の反応を見たくないと窓へ意識を向ける。父の失踪と母の病死によって知人の元へ引き取られる羽目になったものの、どういう訳か半魔になってしまった体のせいで地獄のような幼少期だった事を彼女は強く覚えている。


 待ち受けていたのは徹底的な迫害であった。子供としてではなく召使のようにこき使われ、義兄弟姉妹も親の影響によって無邪気に自分を見下して来るようになっていた。持ち物を隠され、壊されるのは当たり前。酷い時は羽交い絞めにされ、目の前でそれらが焼却炉にぶち込まれる瞬間を見させられる事さえあった。母が生前に託してくれた品や、勉強に使っていた本やペンさえも同様である。当然、養父はそれらを黙認していた。


 そこから日増しにエスカレートしていく暴力や苛めに耐えきれなくなった彼女は、ある日とうとう長男へ殴り返す。駆け付けた養父が見たのは、彼女よりも一回り大きな体格であったにも拘わらず、勢いよく吹き飛ぶ長男坊であった。鼻血で服を汚し、生え変わったばかりの永久歯まで折れたらしく、ただひたすらに大きな声で泣き喚いていた。


 先程まで笑いながらムラセが痛めつけられている姿を見ていた他の者達も、突然の出来事に硬直した。いつもなら問答無用で彼女に罰を与えていた養父も、何一つしようとはせずに長男の介抱に当たる。子供とはいえ、自分より遥かに体格に優れていた相手を叩きのめした彼女を、いつしか全員が化け物として認識していたのであった。それからというもの、こき使われる事は無くなった代わりに誰一人として彼女の相手をする事は無くなり、彼女は家庭内で孤立していった。


「…ま、あんまりマトモな環境じゃないのは分かったよ。寧ろラッキーだったんじゃないか ? 離れる事が出来て」


 過去の記憶に胸糞を悪くしていたムラセだったが、ベクターの静かな声で我に返った。


「ラッキーだったのかな…」

「事情を知らないからとやかくは言わない。だが奴隷にされた奴らの末路なんざ腐るほど見て来た。教えてやっても良いが、幸せになったなんて話は聞いてないぜ」


 ムラセが現状について悩んでいる傍らで、呑気に炭酸飲料を開けたベクターは後部座席にいる彼女へ渡しながら話す。柑橘系の風味と露骨な甘さが際立つが、後味のサッパリした物であった。


「何事も大事なのはプラスに…要は前向きに考える事さ。と言っても現実逃避をしろって話じゃないぞ。その場の自分の状況から最善は何かを探っていけ」


 ベクターの話にムラセは耳を傾けつつジュースを啜る。恩人ではある彼だが、口だけなら何とでも言えると思っていた。


「ベクター、そろそろゲートだ。手続き頼むぜ」

「おう」


 話の最中、タルマンがベクターへ何かを頼んだ。ゲートとは外の世界とシェルターを繋ぐ関所であり、重厚な防壁を兼ねた扉は上空からの飛空艇を除けば数少ない通り道であった。


「停まれ。通行手形かギルドのIDカードの確認をさせてもらう」


 保安機構から派遣された兵士が、ゲートの前で装甲車を停めさせる。そして窓ガラスを小突いてから話しかけてきた。車両を降りたベクターは監視所に連れられると、ポケットから一枚の書類を彼に見せる。


「保安機構、第九エリア支部長様のお墨付きだぜ」

「よし、預かろう。目的地は…おいおい、例の廃墟か ? 止めといた方が良い。最近、あの近辺はデーモンの出現報告が異様に増えているんだ。すぐに再開発も兼ねて一掃作戦をやる。死に急ぐ必要もない…手柄を立てるのは少し待った方が良いんじゃないか ?」


 監視所の受付窓口にて、目的地の行先などを確認していた 兵士が呆れ笑いと共にベクターへ考え直すように言った。


「その代わり今なら手柄を横取りされる事も無い。さあ、開けてくれ」

「やれやれ…こないだも同じ事言って出発した奴らがいたよ。四日間は戻ってきていないがな…念のため人数と荷物の確認をさせてもらうぞ」


 ベクターに対して兵士は命知らずめと馬鹿にし、荷物の点検と同行する人物の確認をするために装甲車へ戻った。ハッチを開けて後部座席に座るムラセと運転席にいるタルマンを確認した後、持っている荷物を一通りチェックしていく。


「そこのヤケにデカいケースは武器か ?開けてさせてもらうぞ」

「どうぞお好きに」


 車内に置かれた武器ケースを怪しんだ兵士は、ベクターに許可を貰ってからそれを開く。しかし中に保管されていたオベリスクを目の当たりにすると、驚愕した様子でベクターの顔と交互に見ながらそれを閉じた。奇妙な大剣を使うハンターの噂を、彼も知っていたらしい。


「…ハハ。どうりで自信満々な訳だよ。意地が悪いぜアンタ ! 」


 兵士は勝手に気分を良くしたかと思うと、ベクターの肩を軽く叩きながら言った。


「通してくれるか ?」

「勿論だとも。成程…確かにアンタが相手じゃ、支部長も許可を出すわけだ」


 先程とは打って変わった様子で兵士は監視所に戻り、ゲートを開けるためにレバーを握りしめる。そして一気にレバーを引いてゲートを開いた。警報を響かせながら巨大な鋼鉄製の扉が音を立てて横に開くと、タルマンも車のエンジンをふかして発進させる。


「…ん ?」


 車が動いて外に出た時、ムラセはあちこちに廃材やら荷物が散らばっているのを目にした。


「あの…どうしてこんなにガラクタが ? 」

「ああ。たまに正式な手続きを踏まないでシェルターに移住しようとする奴がいるらしくてな。追い返されるのが殆どだが、そういう連中は廃材なんかで小屋を作って外壁の外で暮らそうとするんだよ。シェルターは魔力を動力源にした電磁波を放ってデーモンの接近を防いでる。そんなわけで多少の距離なら、外だろうが化け物には襲われねえんだ」

「へぇ~…」

「とは言っても、管理が行き届かない集落ってのは犯罪の温床になりやすい。だから定期的に保安機構の奴らが警告をした上で”処分”するんだ。この様子を見るに最近やったばかりだな」


 ムラセが不意に質問をすると、タルマンは自分が知っている限りの情報で解説を入れた。しかし最後に彼が語った説明に対して、ムラセは悪寒が走るのを感じる。わざと遠回しな言葉を選んでくれてはいたが、それが彼女にとっては寧ろ怖かった。タルマンの反応からして、あまり語りたい物ではないらしい事は嫌でも分かる。


「シェルターに住ませてもらえないのは何でですか ? 」

「少なくとも今は簡単じゃない。特にノースナイツみたいなデカいシェルターには仕事や住む場所を求めて人が良く集まる。だけどデカいとはいえ限りがある。誰これ構わず受け入れられる程の余裕はない」


 処分の意味について考えるのはやめておこうとしたムラセが別の質問をした。今度はジュースを飲み終わったベクターが、窓からポイ捨てしながらその質問に答え始める。自分が以前住んでいたスワンプエッジでは考えられない出来事だと、引き続きムラセは戦慄したままであった。


「どうにか助けてあげられないんですか ? 」

「それが出来れば苦労はしない。結局は利益…もしくはそれ以上の何かが無いなら動いても仕方ないって判断されるんだ…今の時代はな。間違いでは無いと思っているが、正直気持ちの良いもんじゃないよな」

「…」

「…」


 憐れみや現実へのやるせなさによって全員の心がかき乱される中で会話は途切れた。


「…でもよ。今回の廃墟は確かアレだろ ? 再開発をするんだっけか。そうすれば移住なんかもさせるだろうし、前よりは多くの人を受けれいて貰えるようになるんじゃねえか ? 」


 見かねたタルマンは、どうにか場の空気を変えようと頭の中に少し残っていた情報を告げる。


「へー… ! 悪い話ばかりってわけじゃないんですね」

「ああ。だよな、ベクター ? 」

「ええ… ? あ~、そういえば確か監視所でもそんな事言われた様な…」


 少しムラセの声が明るくなり、それに乗じてタルマンはベクターにも話しかける。戸惑う彼だったが、何となくタルマンの配慮を感じ取ったのか監視所での話に触れながらタルマンに同意した。


「だから、案外真剣に考えてるのかもしれねえぜ ? 」

「そうですね…だとしたら何だか安心できます」

「…フン…いずれにせよ今後次第か。つまり俺達が仕事をしとけば後の作業もぐっと楽になるわけだ」


 気休めではあったが、タルマンとムラセは前向きに考えて行こうと二人で話を続けた。そんな彼らをベクターは笑って見ていたが、やがて寂しさを感じたのか二人の話に乗っかり始める。しかし目的地に向かい続ける彼らは、いつしか追跡されている立場である事を忘れ始めていた。

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