第13話 心配ないさ
「…どういう事だ ? 」
シアルド・インダストリーズ本社に存在する格納庫で出動の準備をしている最中、アーサーはレーダーに示されている発信機の所在に首を傾げていた。
「うーん、普通に考えるなら移動をしているんだろうが…こんな場所になぜ ?」
同じくレーダーを眺めているマークも疑問を呈する。方角からして廃墟化したシェルターへ向かっているのは分かるが、一介の素人にとっては自殺行為であるという見識によるものだった。
「まさか”死神”が… ? 」
アーサーが思いついたように言った。
「何か企んでいるって可能性は否定できないな。まあ、行けば分かるだろう…さあ ! さっさと出発してくれ。監視所にはもう話を通してある。今回はあんたが、直接現場で指揮を執るんだ」
マークはそう言ってからアーサーの肩を叩いて出発をするように促す。それもそうかとアーサーは肩を竦めてから、まだ終わっていない装備の支度を再開した。
――――その頃、ベクター一行を乗せた装甲車は廃墟へ着々と近づきつつあった。
「ん、結構来てるな」
タルマンが何かを察知し、周囲を警戒しながら呟く。彼の発言をムラセが不思議に思ったその時、車体に何かがぶつかっているかのようなコンという軽い音がした。風圧で巻き上げられた小石だろうかと思った直後、次々と音が響き続ける。やがてエンジン音に混じって、汚らしくやかましい子供の鳴き声が聞こえ始めた。
「え… ?」
その場に似つかわしくない音に対して、不安と同時に好奇心が湧いたムラセは、思わず窓から周囲の状況を把握しようとする。しかし、すぐにそれを後悔する羽目になった。
「ギャアアア !ギャアアアア !」
窓に顔を近づけた直後、突如として目が合ったのは鳥のような何かであった。その見た目は胎児の頭部を持ち、腹だけ異様に膨れた胴体には鳥の足と黒い翼が生えている。両目は縫い付けられており、血が涙の様に頬を伝っていた。
足にある鉤爪で車体にしがみ付いていた彼らは、悲痛な叫び声と共に口に生えている鋭利な牙で必死に窓に齧りつこうとする。気が付けば無数の個体が装甲車を埋め尽くそうとしていた。
「うわあああ!!」
「車で来て正解だったぜ」
「だな。こんなに現れるとは珍しい」
ムラセは座ったまま後ずさりして叫んだ。一方でベクター達は呑気に、さながら珍しい動物の群れに遭遇したかのような会話を繰り広げる。
「こ、こ、こ、これ… !」
「ん ? ああ気にするな。防弾性だ。突き破ってくるほどの力はない」
「そ、そうじゃなくて!!何ですかこいつら !」
パニック気味に話しかけてくるムラセにベクターは安全だから大丈夫だと諭したが、彼女が知りたいのはこの醜悪な生物の正体であった。
「ヒルビス。下級のデーモンだよ。牙で相手の腹を食い破って中に潜り込んでから寝床にしちまうらしい。まあ、それ以外は何てことの無い雑魚だ」
「そんな危険なのに雑魚って…」
「この程度でビビってたら上級相手にショック死しちまうぜ ? 」
「ええ… ?」
ベクターが説明する一方で、それを大した障害と思っていない彼の態度にムラセは困惑してしまう。
「とはいえ前が見えづらいな。ベクター、手前のボタンでサイレンを頼む」
「あいよ」
それでもヒルビスが目障りだったのか、タルマンの指示でベクターがボタンを押すと甲高いサイレンが鳴った。ヒルビス達は驚いたように泣き喚き、そのまま車から離れて飛び去ってしまう。
「…まあ、見ての通りだがビビり。おまけに九ミリ口径の拳銃でもどうにかなっちまうくらいに脆い」
やかましいサイレンを切った後に、ベクターは笑いながら言った。そうこうしていいる内に、遠目でも分かる程に朽ち果てた防壁の残骸が見えてくる。間違いなくシェルターの物であった。そのまま迂回しつつ入れそうな場所を探し、崩れ落ちてしまった残骸を踏み越えて車ごと侵入してみれば、人々が生活していたと思われる近代的な建物の数々が物悲しそうに佇んでいた。
「うわあ… !」
規模こそ大きくないが、それなりに栄えていたのだろうと思わせるビル、そして立ち並ぶ商店やモールを見たムラセが声を上げる。
「元々は商業地や市場として使っていたらしい」
「…何で誰もいなくなっちゃったんですか ?」
「デーモンが原因だとすれば考えられる理由は、『防衛を怠った』か『自前の防衛システムじゃどうしようも出来ない敵の出現』…そのどちらかだ。両方って可能性も捨てがたい」
ベクターがムラセに地域の解説を入れていると、タルマンが目立たない路地裏へ車を停める。彼がパーキングレンジに入れてからサイドブレーキを引き終えると、ベクターも周囲を確認した後に車から降りた。
「あれ、タルマンさんは来ないんですか ?」
ベクターに呼ばれたムラセは後に続こうとしたが、運転席でのんびりしようとしていたタルマンに疑問を投げかける。
「おう、俺はこっちの仕事に関してはからっきしなもんで…後、いざって時に車を動かせるようにしといた方が良いだろ ?」
タルマンはにこやかに笑って答えてくれた。そのまま車から降りた彼女はトランクへ向かうと、既にオベリスクを背負ったベクターがガスマスクを被ろうとしている。
「一応だが上着とお前の分のガスマスクがある。既に半魔になってしまった奴はデーモンの細胞が体内に入っても問題は無いらしいが…まあ誰かに見られると面倒だしな」
ベクターの言う事も一理あるとして、ムラセはすぐに上着を羽織ってガスマスクを被る。眼帯をしているのもあって視界がさらに狭まった気がしたが、行動に支障が出る程ではなさそうだった。
「あ、バックパックなら私が持ちますよ」
「え ? だが——」
「私、こう見えて力はありますから…」
ムラセはそう言いながら、素材や物資を詰め込むためのバックパックを背負って見せる。中々の大きさであるが、彼女は問題無さそうに動いて見せた。
「…キツイと思ったらいつでも言えよ。それとホラ、護身用に」
ベクターは次に拳銃と替えの弾倉をいくつか彼女に渡す。
「使った事は…ないよな…じゃあ軽く練習だ」
ベクターに導かれるまま、ムラセは近くの建物にある窓や、植樹されていた木の幹などを的にして簡単な指導を受けた。安全装置の切り替え方、狙いを付ける際のコツ、反動の押さえ方や構え…ひとまずは体で覚えた方が良いと、弾倉一つ分を空にするまで撃ち続ける。
「まあ以上だ。だけど基本俺が守ってやるから、ひとまずは安心しておけ」
ベクターもそう言ってから彼女の肩を叩き、タルマンの元へ近づくと彼から二つほど無線機を譲り受ける。そしてムラセに渡して、接続されているイヤホンを耳に付ける様に指示した。
「じゃあ行ってくるぜ。いつでも連絡取れるようにしといてくれ」
「了解。気を付けてな~」
タルマンと軽く言葉を交わしたベクターは、ムラセを連れて街の方へと繰り出していった。彼らが見えなくなったのを確認したタルマンは、ダッシュボードへと手を伸ばしてエロ本を取り出す。そして「魅惑のダークエルフ特集 !」などといった見出しの書かれているそれを広げ、高まる興奮を隠せていないニヤケ面で眺め始めた。
「――まあ本職は技術者だから…ってのは建前で、今頃エロ本読んでからマス掻いてるぜ。あのエロジジイ」
「へ、へぇ~…」
一方で街を歩き続ける二人だったが、タルマンが来ない事についてムラセが言及したのをキッカケに、ベクターは鼻で笑いながら話していた。それに対してムラセが引き気味の反応をしていると、二人並んでゴーストタウンと化した大通りへ差し掛かる。
「やっぱ、これだけの広さなのに防衛の備えが無かったってのは無理があるな…たぶん期待できるぜ」
ベクターは改めて気を引き締める様にムラセへ言った。
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