第11話 行き着くところは金と権力

 挨拶を済ませたベクターはドイラーとティカールの元へ近づき、懐からムラセの金で買ったビーフジャーキーを取り出した。滅多に入手できない嗜好品を土産代わりに渡され、ドイラーは一礼をしてから口に入れる。ティカールはジャーキーの持つ胡椒の香りで目を覚まし、ずんぐりとした体を動かしてから貪った。


「あれ ?ちょっと ?ベクター、ジョークがきついぜ ?俺の分は…ねえ…おーい…」


 一度だけファイと目が合ったベクターだったが、無視して席に着いているリーラの方へ向かった。何か忘れてやしないかと足に纏わりつきながらファイはねだってみるが、ベクターは応答しない。


「…すいませんでした。どうかお恵みを」

「よくできました」


 とうとう根負けしたファイが床に伏せて謝罪すると、ベクターもせせら笑いながら褒めてビーフジャーキーを彼に放った。


「いつ以来かしら、フフフ…またお金 ?」

「さっすが。話が早くて助かる」


 リーラは嬉しそうに笑っていたが、おおよそ目的に見当が付いていたらしい。すぐに困った様な顔をしてから問いかけて来た。ベクターも否定する事なく同意し、彼女の察しの良さを讃えた。


「これで何度目 ? あなたじゃなかったら臓器ブローカーでも紹介していた。 もう…幾ら必要なの ?というか、そこにいる子は ?」


 キセルの片づけをしたリーラは、苦い顔で文句を言って金額やムラセについて尋ねて来る。少し待ってくれとベクターは制止し、金が必要そうな用件がどの程度あるのかを指で数え始めた。


「家賃滞納が一年分、ぶっ壊した建物の修繕費、この子の手術費及び医者の紹介、出来れば俺とタルマンの小遣い…よし、五千万だ」

「噛みつきなさい」

「ぎゃああああああ!!痛い痛い痛い!!」


 爽やかな笑顔でベクターが大金を要求してきた瞬間、リーラはファイ達に命令を下した。すぐさま三匹は彼へ飛び掛かって首筋、頭蓋骨、大腿へ牙を立てる。大量の血を流しながらベクターは叫んでいたが、命に別状は無さそうだった。


「ヒィッ !」

「なーに安心しろよ。殺さない程度にしてある。甘噛みってやつだ甘噛み」

「いや、血が出てるんですけど…大丈夫ですか ?ベクターさん 」


 悲鳴を上げたムラセに対して、噛みつくのに飽きたファイが近寄ってから言い訳をする。人間の言葉を喋るという点も勿論だが、両目を覆う目隠しと耳の無い頭部が不気味であった彼らに対して、ムラセは増々嫌悪感を抱いていた。


 そのまま彼女が気分を聞いてみると、ベクターは問題ないと言いながら血だらけになった頭の具合を確かめる。出血だけで済んで良かったと内心ホッとしていた。


「もう少し加減しろ…ったく」

「その程度で死ぬタマじゃないでしょ。彼女の手術費って言ってたわね…事情を説明してくれないかしら ?」


 愚痴をこぼすベクターだったが、リーラからの催促によってこれまでの経緯を事細かに語った。ムラセが半魔である事や人身売買のために付け狙われている事、体内に埋め込まれた発信機を取り除くために金が必要だという現在の状況を語ると、リーラも黙ったまま何かを考えている様子だった。


「事情は分かった…金蔓になりそうな話を知っているわ。それを引き受けてくれれば私も手助けをしてあげる」

「そう来ると思ったぜ。話してくれ…稼ぎはデカいのか ?」


 彼女は思いついたように指を鳴らし、丁度良い稼ぎ口がある事を示唆する。ベクターは聞くだけ聞いてみようと彼女へ話とやらを頼んだ。


「ここから北西に向けて二十キロ離れた地点にあるシェルターを知ってるかしら? 既に廃墟化しているけど、デーモン達の巣窟と化しているの。それもかなりの規模…噂じゃノースナイツの企業や保安機構が再開発に乗り出しているみたい。でも、今なら誰であろうと入り放題…」

「連中が手を付ける前にデーモンを狩っちまうってわけか。悪くないな」


 彼女から提示された情報に、ベクターは思わず口角を上げて喜んだ。彼の反応からして間違いなく引き受けてくれるだろうと睨んだリーラは、そのまま話を続けていく。


「上手い事やれば、当分の生活には困らないでしょうね。情報料に関する取り分によっては、私の方から信頼できる医者も手配してあげる。どう ? 互いに損は無い筈だけど」


 リーラは立ち上がってからベクターに近寄り、彼へ挑発的な笑みを浮かべて見せる。勿論、ベクターは大人しく引き下がるつもりなど毛頭なかった。


「決まりだ。すぐに行かせてもらうぜ」


 首筋を撫でる様に触って来る彼女の手をそっとどかし、ベクターは調子よさげに告げた。そのままムラセやタルマンと共に部屋を出ようとした時、何かを思い出したのか急に足を止める。


「移動手段が欲しいんだが…担保として預かってくれてるアレ、貸してくれないか ? 」

「…担保の意味って分かってる ?」

「じゃあ歩いてけと ?」

「冗談よ。すぐに手配する」


 こうして移動手段も確保したベクターは、戦いたいという体の疼きを抑えながら部屋を出て行く。仕事人としての彼の実力を信頼していたリーラだったが、相変わらずだらしない男だと思っていつつ観念した様に首を横に振った。



 ――――話は少し前に遡り、シアルド・インダストリーズ本社ではルキナとアーサーがこれまでに何があったのかをパーナムから聞き出していた。


「死神…つくづく面白い男ね !」


 人身売買が死神によって阻止された事や、唯一大金を動かせる可能性のあった半魔の少女の奪還も失敗に終わってしまった。そういった風にパーナムは全てを曝け出した。愚直さからくる申し訳なさではない。下手に嘘をつき、それがバレてしまった際の制裁を彼は恐れていたのである。しかし、当のルキナはベクターの活躍を知ると、さらに目を輝かせながら彼を褒め称えた。


「まだ諦めてなかったのか…」

「当たり前じゃない。あんな逸材、放っといて他のギルドに盗られてしまったら大損も良い所よ」


 スカウトに熱心な彼女だったが、対照的にアーサーは快く思っていなさそうだった。


「あなたこそ…もしかして友人の件、まだ根に持っているの ?」

「話が事実だとすれば…俺は死神と手を組む気にはなれない」


 ルキナが何やら不穏な因縁について言及すると、アーサーは顔を険しくして彼女から目を逸らした。


「それより本当に奴が欲しいなら直接会いに行けばいいだろう。なぜしないんだ」

「え~、嫌よ。第九エリアでしょ ? 治安は最悪、街はゴミまみれ…それに、変に押しかけて悪い印象を持たれたら全部台無し」


 話題を変えたアーサーに対して、ルキナは持論と共に慎重な様子を見せる。


「パーナムが既に押しかけている時点で印象もクソも無いだろ。ウチが黒幕だったと知れば確実に敵対するぞ」

「どうかしら ? 金次第では何でもやってくれるなんて噂が立つ男だし、報酬次第じゃ取り込めるかもしれないわよ ?まあ、それはさておき…」


 アーサーからの追求に動じることなく、彼女は椅子に座らせているパーナムの前に立つ。次の瞬間、懐から取り出した消音器付きの拳銃で数発、彼の胴体を撃った。服を血に濡らし、目を開いたまま絶命しているパーナムを尻目に、彼女は机に備えられているブザーを鳴らす。暫くすると黒いスーツを身に纏っている厳つい男達が数名、執務室へ入ってきた。


「掃除をお願い…今日を以て人身売買とそれに関連したビジネスは終わり。ブローカーのコミュニティは全て解散、余った人員には退職金でも渡して他のギャングやハンターギルドへ送って」


 彼女の指示に対し、反論する事なく男達は返事をした。片付けている傍らで再び窓の外を眺める彼女だったが、アーサーが近づいて来た事に気づくと再び口を開き始める。


「遅かれ早かれ畳むつもりだった商売よ。敵も作りやすいだけで済めば良かったけど、今となっては旨味も少ない…パーナムがやらかしてくれたおかげで口実が出来た」


 彼女は軽く微笑みながら言った。人身売買の中止に関してはアーサーも反対する理由が無かったのか、溜息をついてから「じゃあ行ってくる」とだけ言い残して部屋を後にする。死神に会った時には、「こちらでケジメを付けさせておいた」とでも言っておけば良いかなどと考えつつ、ルキナは清掃が終わるまで窓の外に広がるシェルターの街並みを眺め続けた。

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