第10話 未知の一端

「…というわけで、こちらでも暫く探っているんだ。他の被害者達が無事な所を見るに、狙いは本当にその子だけかもしれない」

「成程…彼女がでっち上げているという可能性は ?早く解放されるために」

「それはあり得ないぜ。現に潜っていた野郎を一人捕まえてな…きっとまだ潜んでる。この第九エリア支部も知らない間に腐敗していたようだ」

「フン、俺なんかと関係を持っている時点で手遅れだろ」


 ムラセがフォードから貰ったという金を使い、ベクターは公衆電話で彼と連絡を取っていた。時折、彼女の方を見ると眼帯をした顔が穏やかに愛想笑いを返してくる。それに対してベクターも小さく手を振った。


「それ言われちゃあな…とにかく差し支え無ければ、君が護衛でもしてやってくれ」


 ぐうの音も出ない様子でフォードは渋り、ムラセの処遇についてはベクターに一任すると告げる。金銭的な面や彼女を取り巻く状況を鑑みたベクターは、少々怪訝そうにしていた。


「場合によっては面倒見てやると、確かに勢いでは言ったが…まさか本当にそうなるとは」


 少し頭を掻いてからベクターは言った。


「俺自身はどうとも思ってないが、半魔に対して世論が好意的じゃないのは事実だ。正規の仕事に就くのは難しいだろう…あんたが傍にいてやれば多少の危険なんざ屁でも無さそうだしな。危険と隣り合わせな中で美人さんのボディガード…最高じゃないか。替わって欲しいくらいだね」

「あんまり調子に乗ると、ストリップクラブに入り浸ってる事をカミさんにバラすからな」

「…それはやめてくれ。冗談じゃないぞ」


 ベクターに事情を説明してから冷やかし始めたフォードだったが、それが気に入らなかった彼によって脅されると血相を変えて引き留める。そんな彼を馬鹿にしたように笑った後、ベクターは別れの挨拶をしてから電話を切った。


「道草食わせて悪かった。行こうぜ」


 ベクターがそう言いながら歩き出し、タルマン達もそれに追従した。彼らが歩いている第八エリアは、治安や民度こそ第九エリアと差異はないが一つだけ大きく違った点がある。このシェルター内のスラムにおいて、そこは唯一の歓楽街であった。


 所々にヒビのある歩道の上では、酔っ払いやカップル達が闊歩していた。薄汚れたネオンがひしめき合っており、美しいとは言えぬまでも退屈を感じさせない景観になっている。久々に来たと懐かしんでいたベクターだったが、ムラセが無言で自分の左腕に興味を示している事に気づいた。


「これか ?」

「え、ああ…何だか不気味だな~って。義手なんですか ?」


 禍々しいレリーフがびっしりと刻み込まれ、重金属の様な輝きを放つ左腕をベクターが見せると、彼女は驚きながら尋ねて来た。街を歩く人々の中にも奇異の目で見る者はいたが、ベクターの体格や風貌…背中に背負っている物騒な得物のせいか誰一人として声に出して反応はしなかった。


「ずっと昔の話さ。たまたま遭遇したデーモンの群れと戦っていた時に腕を切り落とされちまってな…命からがら逃げ延びた先は、何とヤツらが作ったらしい遺跡。そこで見つけたんだ」


 得意気に語るベクターは、「修羅場を生き抜いた俺って凄いだろ ?」とでも言いたげな風だった。


「この義手が遺跡の中にあったんですか ?」

「…いや、遺跡で見つけた当初は球体だった。どうやら持ち主の意思に反応するらしくてな。たちまち左腕があった場所にくっ付いたと思ったら、こうなったってわけだ」


 敢えてデーモンとの交戦には切り込まず、ムラセは左腕についてさらに問いかける。思っていた反応が帰って来ない事にガッカリするベクターだったが、すぐに彼女の質問へと答えてあげた。そうこうしている内に目的地が近づいて来たのか、ベクターは進路を変えて狭い路地を抜けていく。その先にあったのはピンクや紫色の光源が目立つ通りであった。


「ここって… ?」

「嬢ちゃん、こういう場所は初めてか ?風俗街だよ」

「へ、へぇ~…」


 見慣れない風景に戸惑うムラセだったが、タルマンが解説してくれた事でようやく把握する。一方で、口ぶりからして彼らは何度か利用しているのだろうかという疑問が湧いていた。


「お、着いたぜ…前よりもデカくなってんな…儲けは上々か」


 そう言いながらベクターが立ったのは、一際大きい建物の前であった。「ロフティードリーム」という名前だという事は、入口の上に飾られたネオンの看板から分かる。周囲の雰囲気や壁に貼られているチラシからして、恐らくここも風俗なのだろうとムラセは感じていた。


 ベクターは特に躊躇う様子もなく店のドアを開けた。中はさながらビジネスホテルに近い清潔感の漂う造りになっており、受付らしき場所から野暮ったい眼鏡をした中年の男性が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めて…で…」

「やあ支配人」


 挨拶をするベクターの顔を見るや否や、支配人である男の顔は驚愕の後に明るくなった。


「信じられない… !本当に君なんだね ?全く連絡が無かったものだから、てっきり…」

「金が無くて電話線引いて無いんだよ。元気そうで良かった。リーラはいるか ?」

「ああ。彼女なら店の最上階にある書斎だよ」


 支配人から情報を聞き出すと、ベクターは礼を言ってから武器を預けて店の中を進んでいく。時折どこかから喘ぎ声が聞こえるものの、気にする事なく部屋を素通りしていき、物々しく設置されている螺旋階段を昇って行った。


 その頃、とある部屋では一人の女エルフが机で本を読んでいた。ブロンドの髪を後ろで縛っており、鼻にピアスを付けている。合間を見てはキセルで喫煙を行い、休むように膝を組んでから椅子にもたれ掛かるなどして時間を潰していた。その周囲には犬に似た三匹のデーモンが屯している。鎧の様な外骨格に身を包んでおり、その内の一匹…燃え盛る火のような橙色の体毛を持つ個体が突然起き上った。


「このニオイと足音は…ご主人、ご主人 !客だ !ベクターに違いねえぜ !」


 やたらと高いテンションではしゃぎながら駆け寄り、前足を使って彼女の脚をゆする。


「ファイ、静かにしろ…主は読書をしているのだ。そんな事も分からんのか間抜けめ」


 はしゃぐ個体に対して、深い青色の体毛を持つ個体が口を開く。凛々しい姿勢で女エルフの傍に座っていた。


「何だドイラー、もっとはしゃげよ。頑張って堅物ちゃんを演じてるが、内心嬉しいんだろ ?なあ ?」


 はしゃいでいたファイは、水を差してくるドイラーという個体に対して揶揄うように突っかかる。


「…ティカール、いつまで寝ている。もう起きても良い頃だろう」

「ってオイ !無視すんなダボ !」


 しかしドイラーは意に介さず、部屋の隅で寝ていたティカールという名の黄色い体毛を持つ個体へ話しかける。それにキレたファイが更にドイラーへ絡む一方で、ティカールは相変わらず目を閉じて眠ったままであった。


「…そろそろね」


 本を閉じながら女エルフが笑みを零す。こちらへ近づいて来る足音に気分が高鳴っていたファイは、いきなり扉の横に移動して飛び掛かれるような態勢で待ち構え出した。


「隙ありィィーーーーッ!!」


 ノックが聞こえた後に扉が開かれ、ベクターが部屋に入った瞬間にファイは叫びながら襲い掛かった。そのままベクターを押し倒すと、勝ち誇る様に下品な笑い声をあげ始める。


「ハッハァー 俺の勝ちィー !死神なんて異名の癖してザマァねえぜ甘ちゃんよぉー !今この瞬間に何回殺せたと思って…フゴッ…」

「どけ」


 ファイが喋っている隙に、ベクターは彼の首を掴んで思いっきり締め付け始めた。


「すんません…マジで…ヤバいからコレ…どくよ…どく」


 そのまま押し返そうとするベクターに対して、藻掻きながら許しを乞うファイだったがベクターが解放すると、距離を取ってから彼を罵っていた。


「次に会えるのはいつなのかって、ずっと思ってたのよ ?待ちくたびれちゃった」

「ああ…久しぶりだな、リーラ」


 女エルフが妖艶な笑みと共に彼へ文句を言うと、ベクターも少し遠慮がちに彼女へ再会の挨拶をする。只ならぬ関係がある事を匂わせる二人や、得体の知れない三匹のデーモンを見たムラセはひたすら困惑し、タルマンはやれやれと呆れ笑いをしながら髭を触っていた。

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