第2話 忘年会、やりませんか?

 それから。野原の元に振興係からお菓子が回ってくることが多くなったのは言うまでもない。


「課長、あの。これお裾分けで……」


 いつもは難癖をつけるのに、お菓子だけは素直に受け取る。そして嬉しそうな雰囲気を醸し出す彼は、部下たちに餌付けされているみたいに見えた。


「ありがとう」


 部下と上司の関係がいいことは、業務も円滑に進むから、いいことだと田口は思った。


「課長はどうやら、和菓子系が好きみたいだ。大福は目が輝く」


「おせんべい系もいけますよね」


「甘いのは基本的にいいが、なぜかパイ系は嫌いみたいだ。全て田口のところに回ってくる」


「おれだってそんなに好きじゃありませんから」


 保住の分析に、田口は困った顔をした。


「じゃあ、毎日パイの差し入れしたら嫌がりますよね?」


「十文字は、本当性格悪いな〜。見てみろよ、あの嬉しそうな顔」


 総務の篠崎係長からの差し入れ、いちごの大福を頬張って、ちょっと嬉しそうな野原の顔。渡辺は苦笑する。


「可愛いじゃないか」と谷川は笑った。


「しかし、みんながこぞって差し入れしているのに、よく太らないですね。おれ、あんなに食べたらテキメンですけど」


「だってあれ以外食べないじゃない」


「ランチ誘ったら行くのかな?」


「ランチって。野原課長がお菓子以外食べているのは見たことがないし。おい、誰か誘ってみろよ。


 谷川の言葉に十文字は、「誰かじゃなくて、おれってことですか?」と不満の声を挙げた。


 しかし、田口はハッとした。そういえば総務の子たちと、野原の情報を仕入れる代わりにランチをおごる約束をしていたことを思い出したのだ。結局、あれっきりだった。女子は怒らせると後が怖い。最近、じろじろ見られるのは、それだったのかと、気がついたのだった。


「そうだ! みんなでランチはどうでしょうか?」


 田口は提案する。


「全員で空けるわけにはな」


「おれは待ってますよ。どうぞ」


 十文字は最初からリタイアか。しかしこの件は、振興係でという問題ではないのだ。そう、総務まで巻き込まないといけないのだ。


「たまにはいいじゃないですか。他の係も誘って」


「他の係も?!」


「田口から、そんな社交的な誘いを受けるとは……、失態」


「なんですか? 渡辺さん」


 ——どう言う意味?!


 そう思うけど、ここは我慢。


「それなら、飲み会のほう良くない? 忘年会シーズンだしね」


 そうだった。もう12月だ。昨年までは澤井がいることで、そんなお祭り騒ぎを起こす職員はいなかった。


 市役所は、総勢二千名の職員数だ。全体での忘年会はありえない。よって、課レベルでの忘年会が通例だ。だが文化課は、忘年会とは縁のない課だった。あの澤井を誘って忘年会をやろうなんて思う強者はいなかったのだ。


「澤井さんもいないことだし。やろう、やろう」


 お祭り好きの渡辺と谷口にかかれば、すぐに話はまとまる。しかも今回ばかりは、田口も便乗だ。


「お前が乗り気だなんて、珍しいな」


 渡辺にはそう言われたけど、みんなでなら薄まっていい。それに飲み会は飲み会だ。約束は果たせるはずだ。田口は早速、野原のもとに行った。


「課長、あの」


「何?」


「忘年会しませんか」


 田口の提案に、他の係の職員たちも興味津々だ。


「忘年会? ないの? ここ」


「えっと」


 ないと言ったらなくなる? 野原は面倒なことが嫌いそうだし。そんな疑念から思わず嘘をつく。


「ありますよ。やだな。いつがいいかと思って」


 田口の嘘に昨年からいる職員たちは笑いを堪えるしかない。野原は卓上カレンダーを見た。


「議会終わってからだな」


「了解いたしました。滞りなく企画いたします」


「そう」


 田口の嘘はおかしい。だが今まで忘年会に縁のなかった職員たちは嬉しそうだった。


「幹事どうする? 係から出すか」


「いつがいいかな?」


 他の職員たちにも声をかけられて、ともかくほっとした田口である。




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