第13話 梅沢をぶち壊します!

 定刻になった。受講生たちは緊張した面持ちで座していた。先ほどまでグループに分かれて話し合いをしていた会場は、いつのまにか立派なプレゼン会場に様変わりしていた。


 前面に大きなスクリーン。受講生たちは前から詰めて座るように指示された。受講生たちの席の後ろには、ゲストの席なのだろう。横一列にズラリと席が作られている。


 ——一体、何人来るというのだろうか。


「ゲストって……一体」


 様々な憶測が飛び交う中、まだ明るい会場内はピリピリとしたおかしな雰囲気に包まれていた。プレゼンテーションの順番はくじ引きで決まった。こういう時の悪運は強いのか、大堀は見事に尻から二番目を引き当てた。最後のトリだけは免れたいという思いが叶った結果だった。


 田口たちも流石に緊張しないわけにはいかない。4人は口数も少なく、そこに座っていた。すると、バタンと音を立ててホールの扉が開く。会場は騒然となった。


 まず最初に顔を出したのは——副市長の澤井だった。


「嘘でしょ? 副市長じゃん」


 大堀は「うへ」と舌を出すと、それから「ヘマしたら減給もんだな」とつぶやいた。天沼や安齋も表情が固い。


 田口は黙って様子を見守っていた。澤井に続いて、何人もの職員たちが入ってきた。田口は知っている人物を見つけられない。しかし、隣のグループから「おれの係長だ」という声が耳に入る。そして、あちこちから同様の囁きが響く。


 どうやらゲストというのは、各部署の係長クラスらしい。田口はぼんやりとそれらを眺めていると、はったとした。最後に姿を見せたのは保住だったからだ。


 彼は田口に気がつくと手を振った。一晩会っていないないだけなのに、なんだか妙に愛おしい気持ちになって堪らなくなった。こんな研修でなければ、駆け寄ってぎゅっと抱きしめたいところだ。


「お前の上司だな」


 安齋は保住と面識がある。彼に指摘されて田口は頷いた。


「どうやら、遊びを本気にするようだな」


 田口の神妙な顔つきに合わせて天沼もつけ加えた。


「あそこにいるのは観光関係の係長たちだよ。うちの係長もいるってことは、産業関係もいるね」


「教育委員会もだ」


 田口の言葉に安齋が呟く。


「ここでのネタ、良ければ採用って事だな」


 4人が係長たちから視線を逸らさずに話していると、彼らは椅子に着座した真ん中に座った澤井は最後に来た保住を隣に座らせる。


 ——おれの目の前で、わざわざ? 気にくわない。面白くない。嫌がらせだな。


「怖い顔してるぞ」


 ムッとしていると、ふと安齋に肩を叩かれてはっとする。安齋は「緊張するなよ。大丈夫だ」と田口に頷いて見せた。


 澤井が保住と接点を持ちたいから企画したのではないか、と思うくらい、馬鹿らしい企画に思えてくる。だが——澤井がいる目の前で下手なことはしたくない。田口は深呼吸をする。


 ——負けない。絶対に。今の自分の最善を出してやる。


 そう腹に決めた。


「それでは、プレゼンテーションを開始いたします」


 人事課研修係の職員のアナウンスと共に一番目のグループの発表が始まった。こんなサプライズの中、一番に当たったグループは気の毒以外の何物でもない。辿々たどたどしいプレゼンは聞くに耐えない。これも運なのだな、と田口は思った。



***


 前半に発表を終えたグループのほとんどが地産地消の課題を扱っていた。梅沢特産のフルーツと野菜を掛け合わせたスムージーや、フルーツと餃子の組み合わせ……。半分ゲテモノみたいな食べ物まで飛び出す。


 そんな中、町ごと作り替えてやろうという田口たちのグループは異彩を放っていた。


「梅沢をぶち壊して作り替えます」


 安齋の開口一番の言葉に、フロアからは「そんな夢みたいな話」と否定的な雰囲気が漂っていた。だがしかし——田口たちのターゲットはフロアではない。これは本気勝負のプレゼンだ。彼らの相手は副市長率いる係長たち。椅子に背を預けて、半分飽き飽きしていた様子だった係長たちは、安齋の一言に身を乗り出した。


 ——掴みはいい感じ。


 天沼にバトンタッチをして、彼が詳しいコンセプトの説明を加える。柔らかい口調の説明は安齋の力強い一言を緩めてくれた。


「少ない出資で最大限の効果を得る。それが我々が大事にしたことです」


 天沼は小さく頷くと、大堀にマイクを渡す。ここからは金の話。大堀の得意分野だ。彼がまさに日常やっていること。吉岡の側近でいるだけのことはある。上層部が危惧するところは全てフォローを加え、費用対効果についての話を進める。机上の空論だからある程度の無理が効くのだ。


「はったりも時には必要」


 保住の不敵な笑みが脳裏をかすめる。田口は自分たちのプレゼンを愉快そうに眺めている保住を見返した。彼の目はじっと田口を見据えている。


 予算がもっともらしくまとまると、夢物語のような企画も現実味を帯びてくるものだ。保住の隣に座っている係長たちも興味津々で身を乗り出した。


 ——ここからはおれの出番。


 田口はまるでこの場の空気に飲み込まれそうな錯覚に陥った。ここにいるすべての人間が自分を見ていた。こんなこと。今までにあっただろうか——。


 昔。剣道の試合で、地区大会の決勝まで進んだことがあった。まるであの時のようだった。相手は一つ上の先輩だった。田口は負けた。場の空気に飲まれたのだ。緊張で喉が渇き、息が上がった。目だけはぎらぎらと見開いていたのに、瞬き一つできなかった。


 あっという間の敗北だった。「よくやった」と父親には声をかけてもらったが、なにもできなかった自分が不甲斐なく感じられた。自分は弱い人間だと理解した。自分ひとりでは立っていられない。誰か。誰かの支えがないと。自分は自分らしくいられないのではないか。


 そう思って生きてきた。そのくせ、他者との接触が怖かった。大人になればなるほど、その不甲斐なさは露呈する。人とうまく付き合えない。社会では「面倒な人間」扱いをされることも増えた。やはり、自分には家族しかいないのか。そう思った時。


 ——貴方と出会えた。


「街並みづくりには様々な彩を添えることができます」


 田口はそう切り出した。町中が星野一郎一色になるのだ。駅前の古ぼけた時計からは彼の作品が流れる。定期的に開かれる、彼をテーマとしたミニコンサートは、駅に設置されたフロアで開催されるのだ。改札口付近にピアノを設置し、いつでもコンサートが開かれるようにする。


「我が梅沢が誇る星野一郎先生と、関口圭一郎先生を中心とした企画を盛り込みます」


 自分の持てる力を存分に発揮した企画の数々だ。最後に田口は深呼吸をしてから保住を見据えた。


「梅沢の活力を上げていくためには、先行投資なくしてはあり得ません。必ず成果を上げて見せます! どうぞ、ご検討のほどよろしくお願いいたします!」


 田口は思い切り頭を下げた。会場はしんと静まり返っていた。それは、拒絶された静寂ではなかった。頭を下げていても、それはひしひしと伝わってくる。


 司会をしていた職員も、一瞬ぼんやりとしていたのだろうか。少しの間の後、「ありがとうございました。それでは、次のグループ。お願いいたします」と言った。

 

 田口はそこで頭を上げる。安齋、天沼、大堀が手を差し出した。4人はそこで固く握手を交わしたのだった。






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