第11話 澤井の陰謀
昼食が終わると研修も佳境に入る。出遅れているグループも見られているが、ほとんどのグループは資料の作成とプレゼンの作戦練りを並行して行っているようだった。
一口に10年と言っても、振り返れば、色々なことが思い出される。それは、田口に限らず、どの職員にも言えることだろう。
研修施設から提供された弁当を頬張りながらも、打ち合わせ作業を進めていると、事務局からのアナウンスが響いた。
「午後からのプレゼンには、特別ゲストの審査も控えておりますので、あまり気を抜かず、しっかりと準備してください」
「特別ゲストってなんだ」
「変な余興はいらないよね」
「そういう余興は好かんな」
メンバーは口々に文句を言っている。お遊びめいた言葉は、疲れた心に追い討ちをかける。ため息しか出てこない。
「もうこりごり」だった。早く日常に戻りたいという気持ちでいっぱいになる。田口はコロッケを食べようとして、一瞬ためらい、それからそっと弁当箱に戻した。かなり疲弊しているようだった。食が進まなかった。
しかし周囲を見てみると、みんな同じようだ。天沼も、大堀も、安齋も。確実に口数が減ってきているのは疲労の色が濃いせいだ。
——後、半日。半日……。なんともなく過ごせればいいのだが。
田口はそう祈りながら、弁当の蓋を閉じた。
***
「今日はこれを食べてください」
目の前に置かれたのは、売店の弁当だった。値札は289円。その格安弁当と十文字を交互に見つめる。彼は肩で息をしていた。よほど急いで来たようだ。
「買ってきてくれたのか」
保住は目を瞬かせた。そんなに必死に弁当を確保してくれる必要はないと思うが——。
「田口さんから言われていますから」
「田口から? なんであいつ。そんなことをお前に頼むのだ」
——確かに、昨日から十文字がやけに周囲をチョロチョロとしているのはそのせいなのか?
保住は「なるほど」と手を打った。
「田口というやつは。後輩にそんなことを頼むだなんて。業務から逸脱している。お前だって断ればいいのだ。おれは一人でも平気だ。弁当くらい自分で確保できるのだぞ? 昨日だって、ちゃんと飯は食った。大丈夫なのだ」
保住は自慢げに言い切って見せるが、周囲の反応はいまいちだ。みんな疲れているような顔をしている。
——どういうことだ? 田口がいないと、そんなに業務に負担がかかるものだろうか。
十文字は顔色が悪い。「あ、あの。いいんです。おれが好きでやっていますから……」と呟いた。そんな十文字を眺めて、渡辺と谷川は気の毒そうに顔を見合わせた。
「どういうことなんですか」と渡辺に問おうとした瞬間、内線が鳴った。十文字は気力なく、その電話を受け取ったが、どうやらそれは保住宛の電話だったようだ。
「係長、人事課からです」
昨晩の澤井の話が脳裏を掠めた。彼の指示通り、午後の会議は渡辺にお願いして時間を空けておいたが、まさか人事課からの電話とは。
「保住係長ですか? お忙しいところすみません。副市長からの指示です」
相手はそう言った。それから矢継ぎ早に「14時半に西口玄関集合です。持ち物等不要です」と言った。電話を切ってから、保住は首をかしげる。
——持ち物不要って、どんなことをさせられるのかも教えないくせに、いらぬコメントだな。
昼食の弁当を広げたまま、保住の電話が終わるのを待っていた渡辺が、「人事課なんて珍しいですね」と尋ねてきた。保住も同感だ。大概、澤井がなにをしたいのか理解できるものだが、今回ばかりは思い当たらない。内心、面白くない気持ちになっていた。
「午後から外勤が入りました」
「人事課が入っている外勤って。一体、なんなんでしょうか」
「人事課といえば……」
そこではったとした。人事課は職員の採用だけを担当しているわけではない。田口が参加している研修も人事課の人事教育係が事務局になっていたはずだ。
——まさか。おれを研修に連れていくつもりか?
田口たちは10年目の職員研修だ。自分が受けたときは、グループに分けられて、新規事業の企画立案からプレゼンをやらされたことを思い出す。
——そのプレゼンを聞けということなのか。
やりたいことは理解できたが、その意図は不明。
「なにか心当たりでも?」
「いいえ。さっぱりですね」
保住は肩をすくめてから、十文字が勝ってきてくれた弁当に手をつけた。
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