第9話 それぞれの持ち味



 朝食を終え研修二日目が始まった。


「午前中はグループごとに分かれて企画をまとめていってください。3時より、1グループ10分でのプレゼンテーションを行ってもらいます。終了は5時を予定しております。昼食終了後の休憩時間に宿泊部屋の荷物の撤収は済ませてください。なお、不明な点等ありましたら、係の者までお声かけください」


 人事課の人材育成係の担当者のアナウンスを聞いている参加者たちの顔色は、一様に悪い。


 社会人になってからの研修というものは、学生の頃のそれより面倒に思える。日常とは違ったことをするということは、かなりの労力を使う作業のようだった。


 広い研修会場のあちこちにテーブルが置かれ、グループごとに顔を突き合わせて話し合いを行う。


 各グループに支給されているのは、パソコンと文具類だ。見せ方はパワーポイントのスライドを使うという共通課題があるため、話し合いがまとまってきているグループは、すでにスライド資料を作成し始めているようだった。


 昨日はあんあに意見がまとまらなかった田口たちだが、早朝からのミーティングでコンセプトが決定した。4人が取り組みたいのは、駅前の街中まちなか改造計画だ。


 梅沢は温泉の宝庫だ。中心地から車で30分圏内に、複数箇所の温泉地があるのだが、残念ながらそう有名ではない。理由は、売り出し方がだからだ。


 梅沢市民は引っ込み思案な気質なのだろうか。それとも企画力がないのだろうか。ともかく、観光面では星野一郎然り、温泉地然り、果物然り、そのすべてが日本一にはなり得ない。


 田口たちは、そんな梅沢の欠点から脱却して、大胆に町を作り変えるというコンセプトを採用することにしたのだった。


 ——そう。昔からある温泉地を利用しない手はない。温泉地は建物の老朽化や人の高齢化があり、閉じている旅館も増えている。


「街並みを作り替える。温泉地向きに。中途半端に都市化しても意味ない。思い切りレトロ感を出すんだ」


 安齋の提案はそれだった。田口も同様の企画を考えていた。ソフト面で小さくやっていくのではない。ハード面も含めて、徹底的に街づくりに取り組もうというコンセプトなのだ。


 駅前に足湯や温泉地らしさを移植する。古き良き時代風景で、梅沢市にやってきた人々を迎え入れるのだ。


「お金がかかり過ぎだよ」


 財務担当の大堀は頭を抱えるが、先行投資なく道は切り開けないと、安齋と田口に説得をされて、渋々同意をした。


「金がないなら作ればいい。今後少子化で人口が増えることはない。やはり、狙うは民間企業だろう?」


 これは天沼の得意分野だ。安齋の言葉に彼は頷いた。


「梅沢市は首都圏からの交通の便はいいほうだ。けれど、距離がありすぎるよね。日本全国がこの不景気の空気が漂っているし。大企業をひぱってくるっていうのは、かなり難しい問題なんだよ。今まさに、それで苦労しているんだから」


「だが、そんな中でなにか策を考えていかないと。梅沢は破綻の道をたどるだけだぞ」


 安齋の問いに天沼は少し悩んだ様子で答えた。


「これはおれ個人の考えだから。実際に取り組んではいないけれど、道はないわけではない……かな」


 天沼は少々考え込んだ様子だったが、「うん」と頷いてから顔を上げた。


「おれが一人で勝手に考えているのはね——人材の確保を全面に押し出そうっていうこと。今はどこでも人不足。梅沢に来れば人が確保できるとなれば、少しは考えるかなって。でも、具体的策は検討中なんだけどね」


 天沼という男は、おとなしそうに見えて、なかなか仕事について思慮深い人間らしい。田口は感心した。そこで、前職である農業振興係だった頃、思っていたことを提案してみることにした。


「小さい企業を数多く呼ぶっていうのはどうだろうか?」


「なるほど」


「梅沢には農業系以外にも音楽が盛んだ。そういった関係ではどうなのだろうか」


「温泉地と音楽の抱き合わせ。誘致や投資してくれる企業の幅は広がるかもね。まあ、今回はシミレーションだけだし。いいんじゃない? なんでもありで。やってみようよ。色々と」


 天沼は笑みを見せる。最初、田口を起点とした知り合いばかりのグループで、違和感だらけだったはずなのに。4人はいつの間にかいいチームになりつつあるのかもしれない。


「音楽ね」とつぶやいた安齋は、なにかを思いついたようだ。ふと顔を上げた。


「ここ数年。星音堂せいおんどうで一流企業の羽根田はねだグループの企画が増えているんだ。最近では、一般的企業がクラシック界に手を出すんだ。イメージアップにもなる。それに聞いた話だと、羽根田グループのお偉いさんに梅沢市に縁のある人がいるようで、ここのところなにかと星音堂を使ってくれるんだよ」


「本当?」


 天沼は安齋の言葉に本気で目を輝かせた。


「それは初耳だね。ふるさとに投資をしたがる業界人は多い。それはいい情報だ。それって、明日からの業務にも朗報かも」


 安齋と天沼のやりとりを見ながら、田口は歯痒い思いを隠しきれない。ハード面を作り変える作業はやったことがない。企業の誘致や、どうやって予算を捻出するかも良くわかっていないのだなと痛感する。視線を伏せると、安齋がふと田口を見た。


「焦るな。お前の出番は、骨組みができてからだ」


 見透かされているのかと思うと驚いた。しかし、安齋の言葉に同調するかのように、大堀と天沼も頷いた。


「そうそう。田口はでき上がったものに彩りを添える役だろう」


「様々なイベントも盛り込もう。きっと良くなる。温泉と音楽のコラボ。もうアイデア湧いてそうな顔してるよ」


 天沼の言葉に田口は顔を熱くした。


「しかし——問題はその骨組みだな」


 黙々と予算の概算を出していた大堀は頭を抱える。


「ねえ。でもこれだけ出してくれる人いるかな?」


「それを考える」


 4人は顔を突き合わせて考えた。架空の企画なはずなのに本気だ。4人は顔を見合わせて思案した。すると、どこからか能天気な声が響いた。


「安齋じゃん! 元気~」


 田口たちは不可思議そうに顔を上げる。そこには、一人の男が立っていた。長身で体を鍛えているのか、がっちりしたタイプだが、見た目が軽い。金髪に近い髪色はいじっているのがうかがえる。こんなタイプの男と安齋が知り合いとは、到底思えないのだが——。


 案の定、安齋は無視。パソコンのパワポをいじっていて、視線もやらない。


「無視かよ~。お前よう。おれが変な人みたいじゃん」


「お前など知らない。話しかけるな」


 安齋は冷たい調子で答えるが、男はニヤニヤとして資料を覗き込んだ。


「お前のところ、どんな企画なの?」





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