第4話 対峙
吉岡は届けられた茶封筒を開いてから、中の書類を引き抜いた。ざっと目を通した後、大きくため息を吐く。狭いながらも一人きりの部屋にその声が小さく響いた。
すると、まるで時を推し量ったかのように、デスク上の内線が鳴った。相手は副市長の澤井。嫌な気持ちを押し殺しながら、受話器を持ち上げると、「一人で来い」とだけ聞こえて、通話は切れた。
「やれやれ。なんであの人を副市長にしたんだろうねえ」
——貴方がいたら。こんなことにはならなかったでしょうね。
吉岡はのろのろと腰を上げる。澤井と並ぶと、遜色ない身長であるが、厚みが違う。少し丸まった背中を伸ばし、両手を掲げて伸びをする。
「いざ出陣」
あまり気合の入らないのんびりした声色でそうつぶやくと、吉岡は短く切りそろえられている髪をなでながら財務部長室を後にした。
途中、すれ違う職員たちに「ご苦労様」「頑張っていますね」と声をかけながらやっとの思いで副市長に到着すると、中から「遅い」という不満げな澤井の声が聞こえてきた。
「こう見えても色々と忙しいのですよ。副市長」
「お前たちは同じような言い訳を言うのだな」
澤井は応接セットの椅子に腰を下ろし、吉岡を人睨みした。
「例の書類の件ですね。副市長。今回はまた、かなりの無理難題を押し付けてくれますね」
「お前の感想などに興味はない。できるのか、できないのか?」
吉岡は苦笑しながら、澤井の向かい側のソファに腰を下ろす。
「できる、できないは関係なのではないですか。決定事項なのでしょう?」
「市長の了解は得ている」
「そうだと思いました。おれのところに書類寄越したってことは、もう動かす算段がついたから——ですね」
副市長室の応接セットで二人は対峙していた。澤井は背もたれにからだを預け、威圧的に吉岡を見ていた。普通の職員だったら、この雰囲気にのまれてしまうことだろう。
「今更、上申したところで、方向性に変更はないのでしょうけれど。一応、言いたいことは言っておきます。打ち上げ花火的な事業は続きませんよ。澤井副市長」
「そんなことは承知」
「なら、何故……?」
「吉岡。100年に一度の祭りだぞ? 派手に花火を打ち上げない手はない。どうせ、人の記憶など頼りにならないものだ。どんなに素晴らしいものでも、誰一人として記憶にとどまることはない。わかるか」
「それは―—」
——わかりますよ。きっとあの人のことを覚えていて、そうして固執しているのは、貴方とおれだけなのかも知れないってことも。
「マスコミや市民が好むのは、新聞の一面を飾るような華々しいパフォーマンスなのだ。一時の夢に酔いしれればいい」
澤井は笑った。
「お前に仕事を教え込んだ保住も、さぞガッカリだな。腰抜けになったな。吉岡」
「澤井さん。保住さんの話題を出して焚きつけても無駄ですよ」
吉岡は目を細めて澤井を見つめ返した。
「無茶な出費も困りますけど、もう一つ。個人的にご忠告差し上げましょう。貴方があの人の息子を可愛がるのは、目に余ります。貴方の取り巻き立ちが黙っていないこと、おわかりでしょう? あの子に迷惑がかかる」
「そうか? そんなものは放っておけばいい。おれは派閥など、どうでもいいのだ」
「その派閥のおかげで副市長の座を射止めたことをお忘れになり、仲間を裏切るとでもいうのでしょうか。混乱を招く原因だ。我々と手を組むというならば、きちんと段階を踏んでいただかないと」
「お前たちと手を組むだと? 笑わせるな。そんな気は毛頭ない」
「では、なぜあの子を近くにおくのです。正直、貴方がやっていることは周囲には理解できませんよ。戯れですか。あの子を翻弄して潰そうとでも?」
澤井は口元を歪めて笑った。
「浅はか。そんな風に見ているのなら、それまでの男と言うことだな。お前も」
「貴方の心の内は計り知れない。素直に受け取れないのですよ。貴方の好意は」
「そうか? お前が思う以上に、おれは素直なのだがな」
「では、戯れではなく本気と言うことですか?」
澤井は愉快そうに吉岡を見返した。
「おれは
吉岡は動ずることなく、そのまま澤井を見つめていた。
「カマをかけて聞きだそうと?」
「いや。知っている。おれはお前たちの関係性を知っているのだ」
「根も葉もない」
「否定する気か」
「死者を冒涜するのですか? そこまで保住さんが憎いのですか?」
「吉岡」
澤井はテーブルを叩いて吉岡を睨む。
「それはお前への台詞だ。あいつの気持ちを受け取ったのだろう? 無かったことにでもする気か。お前の気持ちはそんな浅はかなものか」
吉岡は言葉に詰まった。
——そうじゃない。そうじゃないんだ……。おれは。保住さん。貴方が……。
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