第2話 呼び出し
週明け——。失恋の痛手で
「おはようございます! 金曜日はお世話になりました」
さわやかな笑顔で出勤してきた彼は、さっそく田口に頭を下げた。
「本当に色々とありがとうございます。田口さん、これからもよろしくお願いします」
「なんだよー、おれたちには?」
渡辺や谷川がからかうように口を挟む。
「もちろんです! 渡辺さん、谷川さん。そして、係長」
そこで初めて保住も顔を上げた。
「みなさん! こんな馬鹿なおれですけど、どうぞご指導のほどよろしくお願いします」
「そんな硬い挨拶するな」
保住は改まっている場は苦手だ。気恥ずかしくて思わず視線を逸らした。
「そうだそうだ。まだ始まったところだろう?」
「これからがますます大変だからなー」
二人に冷やかされると、十文字は「よし」と元気な声を上げて、自分の席に座った。月曜日の朝はどこか浮き足立っている気がする。パソコンに視線を向けていると、隣にいた田口が内線電話を受け取った。
「おはようございます。振興係の田口です」
——こんな朝から誰だ?
そんなことを思考の片隅に置きながら、キーボードを叩いていると、田口の次の言葉に不穏な空気を感じ取った。
「電話当番は決めておりません。出られるものが出ます。いえ、失礼いたしました。事実を述べたまでですが、不愉快なお気持ちにさせてしまったのでしたら、謝ります」
田口が険しい顔をしているのを見て、頬杖をついて保住はじっとその様子を眺めた。
「係長は……」
田口にこんな険しい表情をさせる相手なんて一人しか思いつかない。不愉快な気持ちになって、彼に声をかけた。
「来いって?」
保住の視線を受けて、田口は意図を汲み取ったのだろう。小さく頷いてから電話の向こうにいる男に返答した。
「参りますと申しております」
会話はそれて終わりなのだろう。田口は受話器を戻すと、保住をじっと見つめていた。
「副市長室までとのことです」
「げ、澤井副市長の呼び出しですか?」
「なんの用なんでしょう?」
渡辺たちの言葉に微笑を浮かべて、保住は歩き出す。
「ちょっと行ってきます」
「係長」
無視するわけにはいかないのだ。不安げに自分を見ている田口の気持ちはよくわかる。まるで置いてきぼりの子犬みたいな目をしていた。彼には申し訳ないが、仕事の中で澤井を避けるわけにはいかない。保住はいやな気持ちを押し込めて副市長室を目指した。
***
田口は保住が出て行く後ろ姿を見て不安な気持ちが隠せない。ここのところ、彼との接点が皆無だったおかげで、耐性がないのかもしれない。動悸がして変は冷や汗が背中を流れた。
「席を外していると言いたかったんですけど」
落ち込んだ。
——どうして「いない」と言えなかったのだろう?
どす黒いあの重低音に負けた気がする。ガックリと肩を落とすと、渡辺と谷川はフォローしようと声をかけてくれた。
「そう言っても、先延ばしするだけだろう? 仕方ないって」
「そうだよ」
「すみません……役に立たない」
十文字だけは意味がわからず目を瞬かせているだけだ。
——澤井さんが近づくのは嫌だ。
心がざわつく。
ともかく、嫌だった。
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