第9話 ここは、どこですか?!

「で、連れてきたわけか」


 玄関で十文字を背負った田口を見て、保住は呆れた顔を見せた。


「十文字の自宅を知りません」


「おれもだ。今の時点での最良な策はこれか」


 むにゃむにゃしている十文字は幸せそうだ。彼をベッドに寝かせてから毛布をかける。それから居間に戻ると、保住は仕事の書類を広げていた。


 彼はお茶を入れてくれた。その間、田口は十文字に連れて行ってもらった喫茶店の話をした。


「お前にとったら何事も勉強だな」


 石田のところのコーヒーも美味しかったが、保住が入れてくれる玄米茶は美味しい。ほっこりとした。


「大変だっただろう?」


「ええ。貴方の気持ちがよくわかりました」


「そう?」


 保住は笑う。


「多分ですけど」


「係長になればもっとわかるだろう」


「まだまだ先ですね」


「そんなことはない」


「まだまだです」


「いや。きっと、いつか。お前には抜かされる気がする」


「抜かしはしません。……隣には並んでいたいですけどね」


「変な奴」


 田口の言いたいことがよくわからないとばかりに、保住は首を傾げたが、それはお構いなしだ。

 わかってもらわなくていいことだからだ。自分自身がそうしたいだけ。田口は話題を変えた。


「今度、マスターが保住さんも連れてきて欲しいって言っていましたよ」


「そういう場所は苦手なのだが」


「そう言うと思っていました」


 湯のみをテーブルに置く。時計の針は深夜になろうとしているところだ。ところが——。


「ここはどこですかー!?」


 ダダダダと音がしたかと思うと、十文字が顔を出した。目が覚めたらしい。


「え?」


 彼は保住と田口の顔を見比べてから「えええ!?」と叫びを上げた。


「起きたのか」


 保住は苦笑いだ。


「喫茶店で眠り込んだからな。お前をおんぶして連れてきた」


 田口の返答に十文字は目を見開いて呆然としていた。


「ええ!?」


 十文字は慌てて田口の元に駆け寄って、彼の服をぎゅうぎゅうと握って前後に振る。これでは謝罪しているというより、責めている感じだ。


「お、おい!」


「なんてことだっ! お礼するなんて言ったのに。おれが世話になってるじゃないですかっ! なんで起こしてくれないんですっ!?」


「いいだろう。それくらい。別に」


「なんてことでしょうか……」


「疲れていたのだ。仕方あるまい。お前もお茶でも飲むか?」


 愉快がって見ていた保住だが、流石に彼を嗜めた。


「うるさいな。十文字。ここアパートだから静かにして」


「すみません」


 田口も苦笑いだ。まあ目が覚めればこうなることは予見していたことだが……。


「おれ、係長のところに居候中なんだ。だからお前を連れていく先がなくて。ここに連れてきた」


「そ、そうですか。そうでした。そうでした。田口さんと係長は……」


「田口、話たのか?」


 保住はじろっと田口を見た。


「自分から話したわけでもありません。十文字に感づかれていただけです。おれ、そういうのは口が堅いつもりです」


「口が堅い分、顔色とか態度でばれるけどな」


「ぐ……それは否定できません」


「別に構わないけど」


 保住はそう言うと十文字を見た。


「今日は遅い。泊っていけ」


「えっと。でも。いいんですか」


「いいだろう。今から送っていくほうが面倒だ」


「そうだね。大したところじゃないけど」


 田口は良かれと思って言うが、保住はむっとした。


「悪かったな。ところじゃなくて」


「いや。そういう意味じゃなくて……」


「お前は謙遜しすぎる。ここはおれの家だぞ。気に食わないなら出ていけ」


「保住さん、そんな意地悪ないじゃないですか」


「そうか? ならそんな口きくな」


 二人のやり取りに十文字は吹き出す。


「失礼な奴だな。笑うなんて」


「だって、田口さんって、こうしてプライベートになると、すっごく喋るんですね!」


「え?」


「職場では黙って仕事していますって感じなのに。係長といいコンビです」


「お前に評価される筋合いはないっ! そんな偉そうな口を叩くなら、もう少し人並みに仕事をしろ」


 保住はぷいっとそっぽを向く。


「本当に素直じゃないんだから」


 十文字はそう呟いて首を引っ込めた。



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