第4話 好きは止められない


 保住の作った夕飯を食べながら、記念館へ行ったときのことを話した。さわらのフライを頬張った保住は笑う。


「お前の考え過ぎではないのか?」


「そうなのでしょうか……考えすぎでしょうか。でも、十文字。なんだかすごく気落ちしていました。余計なことをしてしまったのではないかと心配です」


「誰にだって、会いたくない人間はいるものだろう?」


「会いたくない……ですか。それはおれだっています」


「だろう? いいではないか。お前の言う通りだ。嫌なら交換したとしても、知らんぷりすればいいだけの話。あとは当人同士の話だろう? お前が責任を持つ必要はない」


「ええ、そうなんですけど」


 田口は大きくため息を吐いた。仕事でもうまくいっていないときは、プライベートも散々になることが多い。田口は自分が思っている以上に、十文字を交配として認め、そして心配しているようだった。保住と話をしていて、そんな思いに気が付いて、なんだかくすぐったい気持ちになった。


「お前は過保護だな。そんなに過保護にするな。放っておけばいいのだ」


「また。そんなこと言って」


「そうだろう? なにもお前が十文字のプライベートまで入り込む必要はないのだ。放っておけ。いいな?」


 保住は少々むすっとした顔をしていた。田口は「あれ?」っと首を傾げた。


「な、なんだ?」


「やきもちやいてくれているのでしょうか」


「はあ? なんでそうなる……!?」


 保住は箸をテーブルに置くと、抗議の声を上げた。しかし、その反応を見る限り、それはあながち外れてはいないようだ。田口は嬉しい気持ちになった。


 保住は自分の気持ちをストレートに言葉にするような人間ではない。けれど、こうして一緒にいる時間を重ねていく中で、彼の気持ちが、その態度の端々に出ていることに気がついたのだ。一緒に住んでよかった。田口はそう思っていた。


 じっと彼を見つめていると、保住はふいっと視線を外した。それから不本意そうに文句を言いだす。


「またバカにしているな」


「なんの話ですか」


「記念館に初めて行った時もそうだ」


 急に出会ったばかりの頃に話が飛んで驚いた。目を瞬かせて保住を見ていると、彼は目元を赤くした。


「おれ、なにかしましたっけ?」


「おれのことをじっと見ていた。お前は最初からそうだった。おれのことをじっと見てくる。お前は黙っていると無表情で、いったいなにを考えているのかわからない。ちゃんと言葉にしないか」


 田口は初めて記念館に行ったときことを思い出す。あの時は。黙って彼を見つめていたその理由は。


「あれは相当傷ついたぞ。年下にバカにされるなんて、おれのプライドは……」


「あの時は。あなたの笑顔に見惚れてしまったのですよ。保住さん」


「え! ……え!?」


 ますます顔を朱に染める保住が愛おしい。職場では何者にも負けぬ強い男だ。けれど。田口の前では自己管理ができずに、抜けているかわいらしい男。田口は黙ったまま腰を上げる。保住は「な、なんだ。なんだ?」と田口を見上げた。


「やめてくださいよ。保住さん」


「え? な、なんだ? なんでおれが怒られる? 怒っているのは、おれのほうだぞ……!」


 田口はたちまちその腕を伸ばすと、保住の腰を引き寄せた。それから、ぎゅーっと力を入れて彼を抱きしめた。


「お前の言っていることは意味がわからないぞ」


「おれは。最初、保住さんが苦手でした。けど、あの時の笑顔でやられたんですよ」


「あの時のって……。記念館の話がそれか」


「そうです」


「お前さ。そんな前からそんな気持ちを持っていたのか。……すまなかったな。気が付かなかった」


「でしょうね。おれは気持ちを隠すのがうまいんです」


「嘘つけ……」


 保住の腕が田口の背中に回ると、二人のからだはぴったりとくっつく。


「そういう保住さんは、いつから好きになってくれたのでしょうか」


 保住は田口の胸に顔をうずめる。恥ずかしがっている表情を見られたくないのだろう。そんなしぐさが、とてつもなく愛おしくてたまらない。


「そんなもの。知るか」


「照れていますね」


「違う……っ」


 抗議をしようと上を向いた保住の唇を奪う。


「はう——ッ」


 同じものを食べているからか。保住は同じ味がした。冷たい唇を舐め上げ、それから口内も味わう。


「んんっ! ダメ!」


 バチンッと顔面を平手で叩かれて、田口は渋々と唇を離した。


「飯が先だ!」


「そうでした。つい。すみません」


 口元を拭きながら謝罪しても、心からの謝罪などではない。そんな田口の気持ちを理解しているのだろう。保住は「お前といると調子が狂う」と言った。


「では一緒に住むのはやめますか?」


「なぜそうなる? やめない!」


 ——素直じゃないんだから。


 恥ずかしげに視線を伏せる仕草を目にするだけで、田口の胸は高鳴った。


 ——保住さんが好き。大好き。


 好きが止められない。保住を前にして、田口の恋慕の念は止まらないのだ。十文字のことなど、どこかに消し飛ぶ。


「じゃあ、早く夕飯を片付けて。一緒にお風呂に入りましょう」


「だから、おれの生活に干渉するな」


 田口は笑みを見せてから夕飯に戻った。




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