田舎の犬と都会の猫 ー振興係編ー

第２話 先輩は大忙し

　新年度が始まってから一週間がたった。田口は保住からのおつかいを頼まれ、十文字を連れて出かけた。ここのところ、彼と一緒に行動することばかりだ。田口の配属当初、保住に連れて歩かれたことを思い出しながら、田口は十文字と関わっていた。

「外勤が多いんですね。この部署」

「外部の機関との関わりが多いからね」

　田口は公用車の運転席の扉に手をかけた。配属当初、保住からハンドルを握らせてもらえなかったのが懐かしい。あの時は、上司に運転させることが随分と恐縮したものだが。十文字はまるで当然のように助手席に乗り込んだ。

　この一週間。彼とのやり取りの所々で、そんな世代間の認識の違いにモヤモヤとする場面が増えていった。

　田口は公用車を走らせながらルームミラー越しに十文字を見た。

「十文字は、前職どこだっけ？」

「市民安全課です」

「窓口業務か」

「そうですね。住民票を出してばっかりいました。だから、外に出ることなんて無かったので、変な感じです。すみません、運転慣れていないもので。場所わかるようになったら、運転させてください」

　——ああ、そっか。そう言うこと。

　彼には彼なりの言い分があるようだ。ただそれを口にしたり、態度に示したりしないから、何も考えていないのかと勘違いしてしまう。十文字と仲良くするには、どうやら対話が必要だと思った。

「十文字は地元はどこ？」

「おれは梅沢ですよ」

「ならおれよりも土地勘あるじゃないか。おれなんて、係長から一年はハンドル握らせてもらえなかったからな」

「一年もですか？　——田口さんの地元はどこですか？」

　慎重に運転をしながら田口は答える。

「雪割町っていうところで……」

「県外ですね。遠いじゃないですか。なんで梅沢に来たんですか」

「なんでかな？」

　——なんでだろうな。

　黙り込んだ田口を見て、十文字はボソッと呟いた。

「理由はどうあれ、生粋の梅沢市民としては、選んでもらえるというのは嬉しいものですからね」

「十文字は高校どこ？」

「梅沢です」

「ああ、係長の後輩だね」

「そうなんですね！　確かに。係長は梅沢高校によくいそうなタイプです」

「そうなの？」

「ええ。勉強が出来ればなにをやっても許される校風です。係長、頭良さそうですもんね」

「そうだな」

　十文字は少しはにかみながら話をする。

「おれ、成績は中くらいでしたからね。梅沢大学に進学しました。結局、梅沢から出たことがありません」

「おれも梅沢大学だ」

「田口さんも先輩じゃないですか！　何学部ですか？」

　最初はとっつきにくかったり、感覚が合わないと思ったが、十文字は悪い子ではなさそうだ。田口は最初のトゲトゲした気持ちが少し収まっていく。

　車は県庁の駐車場に入った。今年も県の担当者は、菜花だった。「保住くんによろしく〜」なんてゆるい感じで手を振られて、おつかいは無事に終わる。

　二人はすぐに事務所に戻った。すると、すぐに保住に呼ばれた。

「今年度、田口は星音堂（せいおんどう）担当になる。星野一郎記念館の事業は、十文字に移行していけ」

「承知しました」

「谷川さんから、今月中に星音堂の引き継ぎは終えるように。それから、記念館に十文字を連れて挨拶行ってこい」

「承知しました」

　書類に視線をやる保住を確認してから、席に戻って十文字に話を始める。

　——先輩とは忙しいものだな。

　少しずつ十文字のことを理解してきている中、自分の仕事にも取り掛からなければならないという現実を自覚して、田口は気を引き締めた。