第4話 脱せない関係性

 振興係の初仕事は一月二日から始まる。出勤してきているのは、秘書課や観光課くらいなものだ。庁内はいつもと打って変わって静まり返っているのだが。


「遅刻ですよ! 保住さん、しっかり!」


 のろのろと足取りが覚束ない保住の手を引いて、田口は歩階段を駆け上がった。


 大晦日の集まりを終え、昨日の元日は保住の実家で過ごした。帰宅した後も、みのりがアルコールを出してきたおかげで、四人で酒盛りだ。


 やっと床に就いたのは元日の朝。それから、目が覚めたのは夕方だ。


 保住の母親が用意してくれた、おせちやら、餅やらを食べながら酒を飲めば夜も更ける。みのりは、田口がいることが嬉しいのか、保住の昔のアルバムや作文を引っ張り出してきて披露してくれた。


 保住は「やめろ」とかなり怒っていたが、田口にとったら、保住の過去を知る時間は幸せ以外のなにものでもなかったのだ。


「保住さんの幼稚園時代の写真、可愛かったですね」


「言うな。いいか? 仕事中はその話をするなよ?」


 休みといえど、ほとんど酒を飲んで過ごしていたおかげで、保住は顔色が悪かった。


 保住の父親も見せてもらった。写真の中の父親は、今の保住にそっくりだ。確かに、澤井が血迷うのも理解できる。ホクロの位置が違うので、二人一緒に並んでいたら識別が可能だが、一人ずつ目の前にいたら——、重なるのは頷けた。


「頭が痛い」


「二日酔いですか?」


「わからん……」


 田口が軽快に階段を上っているのに、保住がついてきているのか気になった。はったとして振り返る。


「そういえば——」


「っ!?」


 田口が振り返ったことに驚いたのだろうか。保住はバランスを崩した。


「——保住さん!」


 落下しそうになる寸前、田口は腕を伸ばして保住を支えた。


「大丈夫ですか!?」


 さすがの保住も目を見開く。


「すまない、田口」


「おれが悪いです。振り返ったりするから……。すみません。驚かせました」


「いや……」


 ドキドキと心臓の拍動が早まる。彼の温もりが伝わってきて嬉しいのだった。付き合っていても、いつもと同じ。上司と部下の関係から、脱することができない。


 田口は遠慮と戸惑い。保住は無頓着。お互いに先に進むきっかけも見当たらないのだ。こうして、身体が触れ合うとドキドキしてしまう。そんな事を考えていると、事務所から谷川が顔を出した。


「朝からなにをしているんです?」


「ああ……あの、おはようございます! そして、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします」


 田口は大きな声で挨拶をして、保住をそっと階段に下ろした。


「階段を踏み外して、田口に助けられました」


 保住はそう言うと、谷川の方へ歩き出す。


「おはようございます。係長。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 保住が事務所に顔を出すと、渡辺や矢部もいて、それぞれが朝の挨拶と新年の挨拶を交わす。


「今年はオペラ成功です。頑張りましょう」


 保住の言葉に四人は大きく頷いてみせた。



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