第2話 大晦日の会合



 12月31日。保住に連れられてやってきたのは、駅の近くのホテルだった。保住家の会合は、一族の会合と呼べる代物ではなかった。


 ——ちょっとした政治家のパーティーじゃないか!


 「正装をしてこい」と言った保住の言葉の意味を初めて理解する。保住の祖父の兄弟から、その子供たち。そして、その家族たち。総勢百名はいるのではないかと思うほど人の多さ。

 

 ワンフロアを貸し切り状態にし、受付で名前を継げていると、ワインレッドの可愛いドレスを纏ったみのりが顔を出した。


「田口さん、今晩は。今年はいろいろとお兄ちゃんがお世話になりましたね」


 彼女はそう言うと頭を下げる。保住に似て痩身の彼女だが、スタイルはいい。雪肌のような白い首筋と、漆黒の髪が微妙なコントラストで、田口は思わず視線を逸らす。


 ——保住さんの肌も、こんな感じなのだろうか……。


 いつもは衣服で隠された肢体を想像しただけで、頭のてっぺんまで熱くなる。


「お前、大丈夫か?」


 保住は田口が人に酔っているとでも思っているのだろう。首を横に振る。


「だ、大丈夫です」


 ——だめだ。落ち着け。おれ。鼻血が出そうだぞ!


 みのりは初めての参加ではないようだ。保住に参加している人たちをこっそり教えている。彼女は祖父の銀行に就職しているだけあって、保住家のことを保住よりも知っているようだった。二人がこそこそとやっている間。田口は、色々な人に声をかけられた。


 ある意味、ここは他業種交流の場ともなっているようだ。保住から名刺を持参するように言われた意味を理解した。一族の者たちは、それぞれの家族も従えてやってきているのだ。銀行関係者だけではない。東京に本社のある一流企業で勤務する人たちも多い。


 しかし一つだけ言えることは、どの業界にいても、それぞれがそれなりの地位にいる人たちばかりだということ。梅沢の経済界は、ここで完結するのではないかと思われるくらい、そうそうたるメンバーがそろっていた。


 みのりとの話を終えて戻ってきた保住は、名刺をたくさん抱えている田口を見て、笑みを見せた。


「絶対に面白がっていますよね。保住さん」


「いや。面白いな。この一族の集まりの中で、たった一人の部外者。みんながお前に興味を持った、ということだろう?」


「こんな話だとは聞いていません。もう名刺はありませんからね」


「おれも初めてだったから予想外だった。すまなかったな」


 素直に謝られると返す言葉もない。その後、みのりから聞いた話を保住は田口に教えてくれた。この会合は年越しのカウントダウンをしてお開きになるとのことだった。市外からきている人たちは、そのままこのホテルに宿泊をするそうだ。


「田口くん。よく来てくれたね」


 あちこちの料理をつまむ気持ちになもなれずにいると、よく通る声が耳を突いた。はったとして振り返ると、そこには保住の祖父がいた。病室で出会った時とは大違いだ。灰色の背広姿の彼は、ぴんと背筋が伸びていて、年を感じさせない風体だ。


「これは。この度は、このような会にお招きいただきまして——」


 田口は恐縮して頭を下げるが、彼は豪快に笑い声を立てる。


「そんなかしこまらないでくれ。若い人が増えるのは嬉しいことだ。尚貴の友人であるならば、家族も同然だろう?」


 彼は片目を瞑って見せる。保住は苦笑いだ。


「まるで友人は田口だけ——って言われているみたいなんですが」


「そうだと聞いているぞ。みのりからな」


 保住は肩を竦めた。


「友人は大切だが、数がいればいいというものでもない。田口くんは、きっとお前を支えてくれるだろう。大事にしなさい。それから——田口くん。尚貴は風変りな男だが、どうか見捨てないで。付き合ってくれると嬉しい」


「もちろんです!」


「風変りのところを否定しろよ」


「あ! すみません!」


 保住の祖父は忙しい。すぐに他の人たちに呼ばれてその場から消える。時計の針は零時少し前。司会者がカウントダウンのアナウンスを始める。田口は保住を見下ろした。保住も田口を見上げた。こうして二人で新しい年を迎える喜び。田口は胸がいっぱいだった。


 ——きっといい年にする。来年もまた。保住さんと一緒に……。


 フロア内は、一斉にカウントダウンを開始した。新しい年を告げた瞬間。フロアには賑やかな音楽が流れた。これで会はお開きになるとのことだった。親族たちは、一年後にここで会う約束を交わし、それぞれが帰途に就く。


 向こうから「もう疲れた! 来年は来ないんだから!」と怒りながら歩いてくるみのりに鉢合わせになる。保住は小さい声で「もう今年だが」と訂正を加えたが、みのりに睨みつけられる。


「なにか言った? お兄ちゃん」


 機嫌の悪いみのりには保住も敵わないようだ。田口は表情を緩めた。


「出会いでもあるならいいけど。親族ばっかりじゃ、なんの意味もないのよね。このパーティー」


「じゃあ、辞退すればいいだろう?」


 そう言ってから田口を見る。


「あらやだ。田口さんがお付き合いの対象圏外だってことじゃないのよ」


「いえ、おれは……」


 ——保住さんがいいんです。


「田口さんは、じゃない。だからってこと」


 保住と田口は目を見張る。二人の関係性を感づいているのではないか。


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