第3話 遠い距離感

 翌日。保住の案がなんなのか、わからないまま日が昇った。


 田口は、どうしたらいいのか、心配で眠れなかった。保住にメールをしようかと思案したのだが、結局は下書きまでしかたどり着かなかった。


 ——なぜだろう?


 神崎の家政夫事件以来、保住との間には高い壁ができてしまったようだ。近づきたくても近づけない。


 なんだか眠れなかった。自宅でうだうだとしていても始まらない。こう言う時はからだを動かすに限る。田口は身支度を整えてから、いつもよりも早く職場へと向かった。


 誰もきていないと思っていたのに。事務所の扉を開くと保住と鉢合わせになった。彼は他所行き支度。黒のスーツに真紅のネクタイを締めていた。


「おはようございます。あの……」


 田口は言葉を切る。人を寄せ付けない雰囲気に、言葉が出ないのだ。


 ——なぜ? どうして?


 自問自答しても、答えは見つからない。


「係長、今日はなにか……」


「出張だ」


「どこへ、……ですか」


「東京に行ってくる」


 そんな話。昨日はしていなかった。いつもだったら、気さくに会話ができていたのに。保住からはなにもない。やはり彼との距離が遠く感じられた。


 ——やはり怒っているのだろうか。


 田口はなぜ保住が怒っているのか、理由がわからない。神崎とはなにもないし、保住の指示通りにしていただけなのに。なぜ怒っているのか。その理由を知りたかったのに。


「あ、あの。係長……」


 声をかけて手を伸ばした瞬間。


「準備できたか」

 

 そこに澤井が顔を出した。


「ええ」


 田口を見ていたはずの保住の視線は、澤井に向いてしまった。ここのところいつものことだ。


 ——保住さんはおれを見てくれない。


「そうか。正念場だ。気合い入れとけよ」


「わかっていますよ」


 ——澤井と一緒?


 田口は目を瞬かせた。


「帰りは何時になるか分からない。渡辺さんにはメールしておいたから。じゃ」


 保住はそう言い残すと、澤井と事務所を出て行った。


「いってらっしゃい……」


 いいや。なにかが違う。怒っているのであれば、感情をぶつけてくる男だ。八つ当たりされたり、甘えられたり、頼られたり。それなのに……遠い。「保住さん」と名前で呼ぶのがはばかられた。


 ——どうして。


「なんで?」


 田口はため息を吐いた。





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