第4話 胸のざわざわ
「田口、大丈夫なのでしょうか」
谷川の言葉にはっとして顔を上げる。目の前の画面は真っ白だ。仕事をしていたつもりなのに、何も進んでいない。保住は何度も瞬きをしてから、顔を上げる。すると、矢部が「食われてないといいけど」と言った。
「あの先生、作品ごとに男変えるって、もっぱらの噂だ。だから独身なんだとか。まあ、あのゴミ屋敷じゃな。男も引くだろうけど」
なぜあの時、すがるような目の田口を置き去りにしてしまったのか。自分でもよくわからない。「思い切ったことをするな」と澤井には呆れられた。
だが。神崎に抱きつかれている田口を見て心がざわついたのだ。イライラして、田口を突き放したくなった。
——そう、教育長の研修会の時とだ。
佐々木に言い寄られて顔を赤くしている田口を見て、胸がチクりとした。あの時と同じだったのだ。
男と女が時間を共にすると言うことは、なにもないと言い切れないわけで、嫌な気持ちになるのに、なぜあの時、田口を置いてくると決断してしまったのか。
いつもだったら費用対効果をよく検討し、リスク計算も行った上で様々な判断を下すのに。今回の決断だけは根拠も理由もない。もっともらしく言っていても、嫌な気持ちの理由もわからない。田口を置くと決断した理由もわからない。全てが曖昧だったのだ。感情も判断の根拠も、こんなに曖昧だなんて初めてだ。
何度か田口からメールが来ているが、返す気になれないのも、どうしてなのかわからなかった。
「係長、聞いていますか?」
渡辺が心配そうに保住を見ていた。
「すみません。なにか?」
「田口の様子、見てきたほうがいいでしょうか」
保住が口を開く前に、矢部が「怖い」のジェスチャーをする。
「怖いな〜。どうするんだよ。イチャイチャの最中だったら」
矢部の言葉に、かちんと来る。保住は「おれが行ってきます」と言った。
「係長が?」
「今日は県庁に寄る用事があるので終わりしだい直帰する予定でしたが。途中で寄って様子を見てきます」
「しかし」
「大丈夫です」
保住がきっぱりと言い切るので、これ以上異議を唱えるものはいない。三人は黙り込んで仕事に戻った。
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