第2話 ボス戦、3回戦!

「この企画書はなんだ。話にならん。この間延びした期間はどういう意図がある」


 澤井の問いに、田口は答える。


「今回の企画は、星野一郎のドラマ化を目指したものです。ドラマ化は、テレビ局の意向もあります。ですから単年度計画ではなく、三カ年計画としたのです。


 田口の返答に、澤井は馬鹿にしたような顔をした。


「気の長いことばかり言うな。市民から『いつまでやっている』、『やる気なんてハナからないのだろう』と苦情が出る」


「しかし実現可能なものにするのであれば、それ相応の時間と準備とPRが必要かと思われます」


 田口は真っ直ぐに澤井を見つめる。彼は椅子にもたれたまま、それを見返した。


「ふん。言い訳ばかり一人前か。こんな生温なまぬるスケジュールで、本気だと? 笑わせるな。さっさとテレビ局をねじ伏せろ。やるなら全力でやれ」


「生温い……ですか」


 澤井は詰まらなそうに、企画書を投げ捨てる。田口の企画書が床に散らばった。


 話は終わりだろう。田口は企画書を拾い集めると頭を下げた。


「再度、提出させていただきます」


「期限は?」


「今週中に」


「遅い。明日だ」


 田口は少し間を置いてから答える。


 ——また無茶を言ってくれる。


「承知しました」


 再び頭を下げて部屋を退室しようとすると、澤井が視線を向けてきた。


「保住とはどうだ」


 一瞬、言葉の意味を理解しようと動きを止める。そして澤井を見た。


「なにもありませんが。局長は、どのような答えを期待しておられるのでしょうか?」


「さっさとフラれてしまえ。まさか、まだ気持ちを打ち明けていないのか」


「おれは気持ちを打ち明けるつもりはありませんので、そのご期待には添えかねます」


 田口の回答に澤井は笑い出した。


「臆病者め」


「臆病で結構です」


「つまらん男だ。話すだけ時間の無駄だな」


「失礼します」


 田口は澤井の部屋を後にした。



***



 ハンドルを握りながら、隣に座って書類を眺めている保住の横顔を盗み見る。最初の頃は、運転させてもらえなかったが、ここのところハンドルを握らせてもらえている。


 田口からしたら、上司に運転をさせるなんてありえないことなので、しっくりくるこの構図が心地いい。そんな気持ちでいると、ふと保住が顔を上げた。


「澤井は、なんて?」


 こっそり見ていたことがばれたのかと、一瞬焦るが、彼は気がついていないらしい。


「星野一郎ドラマ化の企画書の件です。時間をかけすぎだと怒られました。悠長にやっていると、市民から苦情が出ると言われました」


「そうすぐに成就じょうじゅする内容でもないのだが」


「局長からすると、おれの進め方はスローペースみたいです」


「そうか。早められるものか?」


「厳しいでしょうね。早められない理由を企画書に盛り込んで理解してもらいます」


「いつまで?」


「明日です」


「無茶言ってくれる」


 保住は苦笑する。


「すまないな」


「はい?」


「おれといるから、とばっちりだろう」


「いえ。そうは思っていません。むしろ直接指示をしてくれているので、少しは信頼されているのではないかと自負していますが」


「お前は前向きだ」


「そうでしょうか?」


 そうだろうか。周囲は田口に対する嫌がらせと思ってるようだが。本当にパワハラまがいの嫌がらせをするなら、急所を突くようなネタがあるではないか。田口が一番怖いこと。


 それは——保住に、田口の思いを告げ口することだ。


「田口はお前を好いているぞ」と、言われたら自分はアウトだ。多分、退職するしかなくなる。彼の側にはいられないからだ。この気持ち。絶対に知られてはいけないことなのだ。


 しかし澤井はそれを重々理解しているのにやらない。それは、田口を追い詰めることをする気がないと言うことだ。むしろ、「どうなっている」と聞いてくるのは、どういう了見なのか。田口には理解できない。


 澤井と保住との関係は、純粋に父親の代替えだったのだろうか。


 ——わからない。


「仕事があったのに付き合わせてしまったな」


「いえ。平気です。内容は決まっているのです。ただ、局長が納得するような見せ方を悩んでいます。係長、時間がある時でいいので相談に乗ってくれませんか?」


 田口の申し出に保住は頷く。


「差し迫ったものはない。夜付き合える」


「それは良かった。すみません、助かります」


 漆黒の瞳が田口を見る。その瞳に自分の姿が映り込んでいることだけで、田口の心は踊った。このままでいい。何も変わらずに。こうしてそばにいられることが、田口の幸せなのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る