第3話 星音堂
二人がやって来たのは
その中でも、市が直営で管理しているのが星音堂だ。響きにとことんこだわった設計のおかげで、全国でも五本の指に入る残響時間を誇る。
残響時間とは、音が響いて残る時間のこと。簡単に言えば、お風呂の中で歌っているような気分が味わえるのだ。
ただし、その特徴があるおかげでオールマイティに受けるホールではないことは事実。室内楽や、声楽系には向くが、吹奏楽など音が硬いものはエコーが裏目にでることも多い。利用者側の好き嫌いが激しいホールの一つでもあった。
館内には県内では珍しい、パイプオルガンが設置されている大ホール以外に、小ホール、六つの練習室がある。そして併設施設には調理実習室や、体育館と言った、全く違った要素の設備もある。
星音堂の建物は一つだが、用途は多様だ。同敷地内には、田口が担当している星野一郎記念館もあるので、この場所には、よく足を運んでいた。
馴染みの星野一郎記念館の脇を通り過ぎて、星音堂に足を踏み入れる。
星音堂に入るのは、田口にとったら初めての経験だ。元々音楽には縁のない男だ。
自動ドアをくぐって中に入ると、そこは薄暗い。外は夏のさわやかな青空だというのに。薄暗い廊下には
その薄暗い視界の中、ふと田口は一つの窓に目が止まった。田口よりも随分と大きな窓ガラスからは中庭が見えた。
誰の作だかわからない少女のブロンズ像が座り込んでいる。その隣には大きな
薄暗い中でその場所だけが浮かび上がる。まるでその窓から見える景色が一枚の絵画のように見えた。田口は思わず足を止めて見入ってしまった。
「美しいだろう?」
ふと保住が言った。隣に立っていた彼は目を細めてそれを見ていた。
「このホールは音楽を奏でるだけではない。建物の要所要所にも拘りがあるのだ。市は運営を民間に落としたいようだが。このクオリティを維持してくれる団体ではないと。勿体無いだろう?」
「はい」
彼は田口に笑みを見せると、事務所らしき部屋に歩いて行った。田口も慌てて追いかける。
「本庁の文化課振興係の保住です。今日は二時から……」
保住がそう挨拶をすると、一番奥から眼鏡をかけた痩せ型の男性が愛想よく手を振りながらやって来た。
「やあやあ。わざわざ足を運ばせちゃって。悪いね。保住」
彼はブルーのワイシャツにベストを着ている。クールビズの割に、エアコンがよく効いているせいか、そんな格好なのだろう。
「水野谷課長。お時間をいただきまして、ありがとうございます」
「固い挨拶は抜きにして。今日も暑いね。どうぞ、どうぞ」
保住と田口は、応接セットに通された。すると小柄な男性職員が氷の入ったお茶を運んできた。
「これは、すみませんね」
保住が頭を下げたので、田口も真似る。彼は顔を真っ赤にして恐縮したように視線を彷徨わせた。
「いえ、あの」
水野谷はにこにこと優しい笑みを浮かべていた。
「うちの若手の吉田だよ。可愛いでしょう?」
「確かに。うちの若手は田口ですから」
「可愛いでしょう?」と保住は悪戯な視線を田口に向けてくる。この吉田と自分とでは、どうみても可愛さが違う。
田口は「冗談はやめてください」という視線を向けてから、水野谷に自己紹介をした。
「田口です。どうぞよろしくお願いします」
水野谷と保住は視線を合わせてから笑った。笑われた田口は面白くない。「——比べる方がおかしいです」と咳払いをした。
「田口は昨年から星野一郎記念館の担当なんです」
水野谷は関心した顔をして、田口を見る。
「昨年から、記念館のロビーコンサートが大変面白いと思ってみていたけど、キミが担当だったんだね。音楽、やっていたの?」
「いえ。全く知識はありません。ずっと運動部です」
「そうなの? それなのに随分と面白いアイデアが多いね。保住の入れ知恵かな?」
「おれも音楽ができないのは、ご存知じゃないですか」
「昔から勉強一筋だもんね」
水野谷は笑った。
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