第6話 あてにならない男



「あいつ……」


 田口が太った佐々木に絡まれているところを確認して、保住は壁から背を離す。


 あんな調子だ。女性をうまく言いくるめて抜け出すことなんて、できないタイプだ。保住は助けてやろうと思ったのだが。


 佐々木は彼の腕に絡まり、そしてギュッと田口を引き寄せたかと思うと、頬に口付けをしているた。なんだか心が痛んだ。嫌だと意思表示をしつつも頬を赤くしている田口に腹が立ったのだ。


「た……」


 彼の名を呼ぼうと口を開いた瞬間。人の心配をしている場合ではないと自覚する。大友がやってきたからだ。


「保住ちゃん。今年はこの会が終わったら、付き合ってくれるでしょう?」


「大友教育長……」


 保住は頭を下げた。


「申し訳ありません。片付け等々の業務が残っております」


「そんな堅いこと言わないで。勤務外みたいなものでしょう? それとも今日がダメなら、別な日でもいいのだけれど」


 大友は嬉しそうな笑みを浮かべてから、そっと保住の手を握った。


「つれない態度ばかりだね。僕の気持ちわかっているくせに」


「おれは男ですよ。ご冗談を」


「僕は男でも女でもどちらでもいいんだよね。美しいものは大好きだ」


「私ではご期待には添えられません」


「いやいや。君は美しい」


 本気で言ってくる大友の気が知れない。相手は気味が悪いとはいえ、県の教育長だ。いくら酔っているとはいえ、無碍むげにはできない。そのジレンマで、保住は苛立ちを覚えた。


 ——本当に質が悪い。どうしたものか。


 そんなことを考えていると、ふいに大友に腕を取られた。宴もたけなわだ。会場は大盛り上がり。大友に腕を引かれて会場から連れ出される瞬間、田口が視界に入った。


 彼は佐々木に抱きつかれたまま。佐々木に顔を寄せられると、恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 さっきから無性に腹が立つのはなぜなのか。その理由が保住にはわからない。自分の気持ちを持て余した。大友に腕を引かれているのに、田口の事ばかりが気になって上の空だ。


 なんだかムカムカしてきた。女性に抱きつかれて、嬉しそうにしているなんて。


「なんだよ。あいつ」


 そんな言葉が出た瞬間、はっと我に返ると自分の方がが悪いことに気がついた。乱暴に肩を押されたかと思うと、体勢を崩しソファに尻餅をついた。



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