第4話 見惚れる
教育長研修会は市内のウエディング施設だ。普段は披露宴などに使用されるが、駅から近いホールということもあって、行政関係の研修会やパーティで使用することが多い施設だった。
田口たちは予定通り会場入りをした。そして、事前に用意していた名簿や受付の表示を掲示し、受付に待機する。
階上は二階にあるため、受付は二階となる。そこには渡辺と矢部が待機。田口と谷川は一階の入り口部分で待機し、誘導係を行うことになっていた。
田口は腕時計を見る。
——遅いな。
時計の針は6時を回る。澤井と外勤に出ている保住。もう到着しているはずの時間だ。なんだか落ち着かない気持ちで、何度か時計を見ていると、隣に立っていた谷川に肘で突かれた。
「おいおい。係長が遅いな~って、気にしているのだろう?」
「ち、違いますよ」
「赤くなっちゃって」
図星以外のなにものでもない。田口は言い返す言葉も見つからずに、黙り込むしかない。
「いいか。そんな浮ついた気持ちでいたら駄目だからな。お前の使命、忘れていないだろうな?」
「県の教育委員長大友から、係長を守る。ですよね」
「そうだ。そうそう。お前は係長のディフェンダー係だからな」
「それは承知しています。けど、おれは大友さんを知りませんよ」
谷川は「確かにな」と顎に手を当てた。
「大友はな。かなり腹が出ているんだ。
「それって、結構どこにでもいる特徴じゃないですか」
谷川は「あはは」と笑った。彼は彼なりに緊張しているのだろう。言葉数が少なかった。田口は軽くため息を吐いた。すると、目の前の自動ドアが音を立てて開いた。姿勢を正すと、そこにはドス黒オーラを纏った澤井がいた。
「お疲れ様です」
田口は谷川に習って頭を下げる。澤井は軽く片手を上げると「誰か来たか」
と尋ねた。谷川は「まだです」と答える。
澤井は珍しく二人に一瞥をくれた。いつもだったら無視するところだが、ふと二人を眺めて声色を落とした。
「今日はすまなかったな。頼むぞ。お前たち」
「いえ、仕事ですから。問題ありません」
谷川の返答に、澤井は口元を緩めた。
「素直な反応だ。全く。お前の教育の
田口は顔を上げる。澤井で気がつかなかったが、彼の後ろには保住が立っていのだ。澤井は彼に向かって声をかけたらしい。保住は「当然ですよ」と肩を竦めると田口たちに頭を下げた。
「遅くなりました。谷川さん、田口。お疲れ様です」
「係長こそ、今日は一日大変ですね」
彼は笑みを見せた。田口は息を飲む。今日の保住は『格別』だったからだ。濃紺色の細身のスーツに、瑠璃色のネクタイがきちんと収まっている。いつもは寝ぐせでぐちゃぐちゃな髪も、きちんと整えられていた。
やはり彼は王子様なのだ。こうして身だしなみを整えてしまうと、どこから見ても目を惹く。老若男女問わずに、好まれる——というのも頷ける話だ。田口はすっかり、彼の気品ある出で立ちに心奪われていたのだった。
「田口?」
谷川と保住に呼ばれてはっとした。田口はとりあえず「申し訳ありません」
と言って頭を下げた。まさか、見とれていたなんて感づかれたくない。慌てて視線を逸らした。保住は田口の肩をポンポンと叩く。
「今日は長丁場だ。気張らないで。程々にな」
「はい」
「保住、さっさとこい! お前は受付だ」
澤井の怒声に保住はため息を吐いた。それから二人に手を振って、澤井の後を追うように階段を登っていった。それを見送ってもなお、ぼんやりしていると谷川が肘で突いてきた。
「ヤキモチかよ」
「え!」
「本当に田口は、係長が好きだもんな」
「な! 谷川さん。やめてください。からかうの」
田口は顔が熱くなるのを自覚した。それを見て谷川は、ますます笑った。
「単純だな! お前」
「谷川さん!」
「怒るなよ。わかる、わかる。わかるよ、その気持ち。今日の係長、可愛いもんな。あの人いつも、ああしていればいいのに。いつもとのギャップがあるから、妙に際立つよな」
——同感。
田口は黙り込む。さっきまで目の前にいた保住の出で立ちを脳内再生していた。
——可愛いすぎる。
じわじわと実感すると、頬が熱くなった。頭から湯気でも出てきそうな勢いである。
「わー、田口、結構本気?!」
「ち、違います! なにを血迷ったことを言っているんですか」
田口が言い訳を始めたところ、入り口の自動ドアが開く。教育委員長たちのお出ましだ。
「来たぞ」
表情を引き締めて、頭を下げる谷川に習って慌てて頭を下げた。
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