第2話 おともだち

 ——行政の資料は字が細かくて嫌いだ。


 自分も行政職であるということを棚に上げて、保住はそんなことを考えていた。びっしりと文字で埋め尽くされたパワーポイントの資料を眺めるのは飽きた。あたりを見渡すと、他の市町村担当者は熱心にマーカーを引いたり、読み込んだりしているようだ。


 ——こんな資料、よく読む気になるな。


 欠伸をして背伸びをすると、グッと頭を押さえつけられて注意された。


「おい。さぼってもいいが、目立たないようにしろよ」


 ——そうだった。


 今日は一人で参加しているのではなかった。しかも上司とではないか。隣で睨んでいる澤井を見上げて、保住は誤魔化し笑いをした。


 首を引っ込めると、彼は腕組みをして、じっと説明を続けている男を凝視したまま、軽くため息を吐いた。


「毎年毎年、県の担当者の話は変わり映えもせず退屈なものだ。しかし、出席しないわけにもいかん」


「澤井さんも退屈なんじゃないですか」


「だからと言って、お前みたいに堂々とサボるほど、社会性が欠落していない」


「すみませんね。社会性なくて」


 保住は資料をペラペラと眺める。


「これって先週、国から出された課長会議の資料ですよね? 別に伝達しなくても読めばわかりますけど……」


「そう言うな。——県職員奴らの仕事だ。聞いてやれ」


「こんなことしているなら、日常業務をしていたほうがマシですよ」


「そんなことは言われなくても、わかっている」


 ——無駄か。


 ここで愚痴を言っていても仕方がない。諦めて黙り込んでから、ひな壇で話をしている職員に視線を向けた。そこには線の細い若い男が立っている。今年は担当者が変わったようだ。


 ——若い? 自分と年の頃は同じだろうか。


 澤井のようにがめつい親父たちに睨まれても、涼しい顔で資料を読んでいる。少しは出来る男なのだろうか。保住はふと前職の男を思い出そうと試みた。眉毛の細い中年男子であったと記憶しているが、名前が思い出せない。


 ——えっと……長嶋? いやいや。長崎? 長いって漢字だった気がするが……。ダメだ思い出せない。


 そんなことを考えていると、ひな壇に居た男が、「あのお」と突拍子もない声を上げた。まどろんでいるような雰囲気の会場が、一気に騒然となった。保住がじっと見据えていると、男は読んでいた資料をトントンと整えてから、演台に置いた。


「ええっとー」


 男は面倒臭そうな顔をする。会場が一瞬、静まり返った。


「あの、これ、読めばわかることばっかりで、ちょっとつまらないので……」


 男のコメントに会場が騒然となった。自分と同じ匂いがするかも知れないと思った。


 男は小柄で細身。丸顔の童顔。歳の頃は自分と一緒だろうか。彼はいかにも退屈そうな、そして眠そうな目をしていた。この場面自体、面白くないと言わんばかりの表情だった。


「あの、この資料はご覧いただかなくて結構です! ここからは、ちょっと短めに私の言葉でご説明をさせていただきますね」


 ざわざわしている会場内の雰囲気など、物ともせずに、男はマイクを持ち直すと視線を上げて、スクリーンに映し出されている資料を説明し出した。


 彼は、先ほどまでとは打って変わり、生き生きと目を輝かせている。そばに控えていた男たちは顔が青ざめている。どうやら、打ち合わせとは違うらしい。慌てている男たちを横目に、彼の説明はその場の聴衆をあっという間に魅了していった。


 その様を見ていた澤井は「くつくつ」と笑いだした。


「どうやらお前の『お友達』のようだ」


「そうですか? おれ、さすがにここまでのことは……」


「するだろうな」


 ——確かに。しそうで怖い。


 保住は黙り込んだ。



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