第11話 触れたい
「あー、むしゃくしゃする! お前のせいだからな!」
保住は田口を指差して怒った。田口にしてみると、なぜ彼が怒っているのか見当もつかなかったのに。上司が怒っていると思うと、つい条件反射で自然に頭が下がった。
「申し訳ありません!」
なぜ自分が謝らなくてはいけないのか。しかも、なぜここに彼がいるのかもわからない。自分は避けられていたはずなのだが……。
「さっさと開けろ!」
「は、はい!」
覚束ない手でキーをタッチし、マンションの出入り口を解錠する。後ろで彼がイライラとしているオーラを感じながら「なんなんだよ」と呟く。
田口の戸惑いなど気がつきもしないのか。保住は「お前ばかり飲みに行って!」と不機嫌そうな声をあげた。
「だって、係長は立て込んでいるから欠席するって。ご自分でおっしゃっていたのでは……」
「立て込んでなどいない! 仕事をしていただけだ」
「はあ……」
偉そうに言われても。では何故自分に八つ当たりをするのか。必死に色々なことを考えようとするが、なかなか答えは出ない。酔いが回っているのだ。
事情が飲み込めないのに、ともかく保住の言いなりになって彼を自宅に招きいれた。保住は遠慮することなく、ズカズカと家に上がり込んだ。
「まったくの時間の無駄だ。お前のせいで、ちっとも仕事がはかどらない」
「はあ……おれのせいですか。そうなんですね? 仕事が捗らないのはおれのせい。……え! それでおれは、怒られているんですね。おれのせいなのでしょうか。なにかしでかしましたか?」
リビングのソファにどっかりと腰を下ろした保住は、ビニール袋からビールを取り出すと、さっそく封を切った。
「お前はなにもしていない。八つ当たりに決まっているじゃないか! お前が八つ当たりしてもいいと言っていたからな!」
堂々たる八つ当たり宣言。田口は思わず笑い出す。
「なんなんですか。突然来て。八つ当たり宣言ですか。保住さんらしくて笑えます」
「失礼だな! おれらしいって……」
保住は言葉を切ってから、ふと笑い出した。散々暴れておいて、自分で自分がおかしく思ったのだろう。保住と田口は笑い合った。ひとしきり笑うと、保住は「ああ、おれらしいかもな」と言った。
「はい。あなたらしいです」
田口が笑みを見せると、保住は声色を落とした。
「——二日しか持たなかった」
「え?」
「お前に甘えることを止めてみて、二日しか持たなかったと言ったのだ!」
言葉はわかる。
わかるのだが。
意味がわからない。
——なにを言っているのだ?
「甘えるとは?」
「おれは、お前に甘えているようだ」
「ど、どこがです?」
「すべてだ!」
酔いのせいなのか、それとも恥ずかしいのか。保住は顔を赤くした。
「今まで仕事の肝を人に任せたことはなかったのに、お前にはやらせてしまう」
「はあ……」
「プライベートのこともそうだ。人に話をするような性格ではなかった」
「はあ……」
「一人でいて寂しい気持ちになったこともない!」
——恥ずかしいのか? そうか。
保住は、精一杯自分の気持ちを述べているのか。恥ずかしさからなのか。少し潤んだ瞳が、妙に艶めかしくて胸が高鳴った。自分も
触れたいと、そう思ってしまう。
我慢できなくて、つい。不意に差し出した手が保住の頬に触れた。保住の頬は冷たかった。
「田口……?」
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