第3話 変わった理由
頭が痛んだ。人にぐずぐずと言われるのは慣れっこだが、あの男に、プライベートまで踏み入られたことが嫌でたまらなかったのだ。
保住は人との関係性はいい加減だった。
頭もいい、顔もいい。人柄だってそんなに悪くはない。黙っていても、自分を利用しようとする人間が必ず寄ってきた。みな、利害関係が元になっている人ばかり。
だから、周期の人間に心を開くことができなかった。学校が終われば。離れてしまえはわ、その関係性は終わる。たまに年賀状を送りつけてくる人間もいるが、保住は面倒で返してはいない。
友人関係にこだわりがないのと同様に、女性関係も酷い有様だった。
保住の学齢とルックスに引かれて寄って来る女性たちはたくさんいた。しかし、無頓着でズケズケとした物言いに、すっかり愛想を尽かして「さようなら」になることが多い。
付き合っていても結局は、彼女たちのことが大して好きでもないのかも知れない。
去る者は追わず。
来るものは拒まず。
そんな程度の人づきあいをしてきた。
市役所に入ってからも、酔って一晩限りの関係を持った女性が数多くいたのは確か。なんでもよかった。どうせ、自分の本質を見てくれる人間など一人もいないからだ。
母親からは「いつ結婚するつもりだ」とせっつかれているが、そんなもの。する気も起きなかった。
人との関係性を深く構築できない自分自身を知っているから。無責任に家庭を持つことなどするつもりもなかったのだ。
しかしここ一年は不思議なことに、女性と一夜限りの関係性を持つようなことがなかった。
——おかしいものだ。
なにが自分を変えたのか。
——わからない。
自分で自分のことが一番よくわからない。ただ、プライベートのことを澤井に踏み込まれるのは嫌だった。事務所に戻ろうと、ドアノブに手をかけた時。保住は「ああ、そうか」と顔を上げた。
——田口だ。
田口と過ごす時間が増えてから、どうでもいい事って減った気がした。よくよく考えると、田口の指導に明け暮れ、飲み会に足を運ぶ数がめっきり減ったのではないか。
なんだか笑ってしまった。
——こんな事ってあるのだろうか。この一年は、あいつにばかり時間を取られていたということか。
しかし悪い気持ちにはならない。保住は口元を緩めてから扉を開いた。自席に座ると渡辺たちは笑顔で自分を迎え入れてくれた。
「お帰りなさい」
その中で、田口だけが心配そうな顔をしていた。
——そうか。田口はおれのことを心配してくれているのか。
「年下の部下に心配されたら終わりだな」と思いつつも、嫌な気持ちにならないのはどうしてなのだろうか。
保住と澤井のことを、少し理解してくれているは田口だけなのかもしれない。何故か心が嬉しかった。
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