第２話 距離感
「用事がある時は、呼びつけてください。他の職員への悪影響です」
「おれのどこが悪影響だ」
「あなたの存在自体が、
保住は後ろ手に局長室の扉を閉じた。
「お前はいつまでたっても口が減らないな。おれに対して、そんな生意気な口を利くのはお前だけだぞ」
澤井は椅子に腰を下ろすと、憎々しげに保住を見据える。
「そんなこと。十年近くも前から変わりませんけど」
「確かにな。新採用で入ってきたお前は、もっと生意気で跳ね返りだった。いくら押さえつけても掛かってくる。全く手がかかる新人だった」
「そんな昔話をしたいために、こんな新年早々に呼び出されたのですか？ そんなに暇じゃありませんけど」
話題が嫌な展開になってきたので、保住はさっさと話を元に戻した。
澤井は書類を一枚、保住に差し出した。それを受け取ってから目を通すと、梅沢市がある
「ある程度の話は詰まっている。お前たちは、当日の手伝いをしろ」
「これは総務の仕事でしょう」
「だから。当日の流れや企画は総務がやっている。ただ、人手が足りん。振興係は手伝いだ」
「おれたちだけですか？」
「お前たちが一番、暇人だろう」
暇人扱いされるほど暇ではないことを知っているはずだ。これは澤井の冗談と受け取るしかない。
「仕事だと言われれば、お受けいたします」
「上司命令だ」
むすっとした澤井の態度に、保住は軽くため息を吐いた。いつも無理難題ばかり押し付けてくる男だ。
——まるで子どもだな。
この事業は、二年前にも関わっていた。ちょうど、保住が振興係長になった年だった。しかし。さすがの保住でも、もう二度と受けたくはないという事業だった。また部下たちに、嫌な思いをさせるのかと思うと気が引けるが、これも仕事の一つとして受け入れるしかない。
「承知しました」
「その日は、振興係全員で対応しろよ」
「わかりました」
書類を手に頭を下げて方向転換する。要件が済んだのだから、長居する必要はないからだ。
昨年。料亭に連れて行かれてから、澤井にちょっかいを出されることはない。あの夜の出来事はまるでなかったかのように澤井はいつも通りだ。気にしていたのは自分だけなのかもしれない。
「保住」
ふと澤井が立ちあがった。
「なんでしょうか」
「お前」
澤井は保住の目の前に立つと、手を伸ばしてきた。
——人に触れられるのは好きではない。
心臓が跳ねた。言葉に詰まって黙っていると、伸びてきた澤井の手が襟元に触れた。
「服装が乱れすぎだ。せめてここは閉じておけ」
澤井はワイシャツの外れているボタンをしめて、それからネクタイを締め直す。
「申し訳……ありません」
「立場が立場だ。隙を見せると、足元をすくわれるぞ。
「別に。おれは出世したいわけではないんです。下ろしてもらえるなら、下ろしてくださいよ」
「そんな贅沢を言うな。田口たちと同年代で係長クラスに取り立てられているのはお前くらいなものだ。ありがたく思え」
「局長ほど、人の上に立つ器ではありませんよ。おれは、実行部隊がお似合いだ」
「上手くおだてているようだが、そういう誘いには乗らん」
「よいしょしているわけじゃないです。あなたに嫌われようと、蹴落とされようと関係ありませんから。——それより。離れてもらえませんか？ 苦手なんですよ。近いの」
「そうか？ 随分とあちこちで遊んでいるようだ。人に触れられても平気なのかと思ったぞ」
目を見開いて澤井を見た。
「悪趣味ですね。プライベートまで調査済みですか」
「黙っていても、おれに耳打ちしてくる輩は後を絶たないからな」
「別に。遊んでいるわけではないんですけど」
「お前は頭がいいが、自分に興味がなさすぎる。いや、きっと。お前には、大事にできる人がいないから、そうグダグダなんだろう。誰かいれば、素行が乱れるなんてことはなかろうに」
「そこまで口出ししていただきたくないですね」
「そうか？ 心配してやっているのだ」
保住はムッとした気持ちのまま、澤井の手を振り払い頭を下げた。
「失礼します」
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