振興係二年目編

第6章 2年目始まりました。

第1話 春、再び…



 田口と保住は、仕事やプライベートを通して交流を深めてきった。三十年間生きてきて、こんなに楽しい時間を過ごしたことはない。


 上司と部下。年齢が近いから、時々は友人。


 保住は厳しい上司だった。仕事に妥協はしない。いくら近しくなったとしても、その姿勢は変わらなかった。ダメ出しの連続ばかりなのに、それでも田口は仕事が楽しいと初めて思った。


 年がそう変わらないのに。保住という男は田口よりもずっとずっと優秀だった。抜群の記憶力と、並外れた閃き。


 地元では大学に進学をしない同級生も多々いる中で田口は優秀だった。しかし上には上がいるものなのだ。保住が上層部に気に入られて、取り立てられるのも理解できることだった。


 春がやってきた。一年前に、段ボールを抱えて階段を登ったのが嘘のような気がする。


 異動は課単位で人数が決まる。他の係での異動が多ければ、異動がない係が出ることもあるということだ。幸い、振興係のメンバーは変わりなくここに揃っていた。


「また、みんなで顔を合わせていられるんだね~」


 矢部は嬉しそうだった。それを受けて保住も笑った。


「気心が知れている仲間とまた、一年、仕事ができるなんて幸せです」


「異動してもらいたかった人が異動しないという、バッドなお知らせもあるけどね……」


 渡辺がそう呟くと同時に、文化課の扉が豪快に開いた。


「保住はいるか!」


 新年度早々、ドス黒い重低音が響く。


「噂をすれば、だな」


 保住は苦笑いだ。


「おれの噂とは。いい度胸だな」


「いい噂に決まっているじゃないですか。局長」


 教育委員会事務局長の澤井は、への字口で職員たちを睨んだ。


「お前たち覚悟しておけよ。おれは腹の虫のいどころが悪いのだ」


「いつもじゃ……」


 谷川の呟きに、澤井はじろりと睨みを利かせた。谷川は肩をすくめた。


「それより、何か御用ですか? せっかく新年早々のミーティング中なんですけど。それより重要な話でしょうか」


「日常業務より重要だ。おれを優先しろ」


 ——子どもの我がままか。


「すみません」


 保住は肩を竦めて立ち上がる。ここで話をすると、みんなに迷惑がかかると思ったのだろう。


「お話なら局長の元に参ります。電話で呼んでください。足を運ばせるつもりはありませんから」


「嫌味にしか聞こえんな」


「そんなつもりはありませんよ」


 澤井の背中を押すように促して、保住は事務室を出る。出る際に、ふと振り返って「後よろしく」と手で合図をしていった。


「本当。係長がいなかったら、おれたち心労で病院行きだよな」


「ですね」


 渡辺たちは顔を見合わせて頷く。それを見て、田口もパソコンに視線を落とした。


 局長の澤井も残留。次期副市長候補だと聞いている。そろそろ副市長に昇進するのかと、内心期待していたのだが。どうやら、もう一人先約があったらしい。


 しかし副市長になった菅野かんのは残り一年だと聞いている。


 ——来年こそは。きっと。


 そう信じて、一年間我慢するしかない。


 澤井の保住可愛がりは、目に余るほどエスカレートしてきている。田口からしたら、気が気ではないのだ。楽しく仕事をしている反面、悩みは尽きぬもの。気を引き締めようと、軽く「よし」と呟いてからパソコンを立ち上げた。


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