第5話 犬のトキメキ
「ああ。型抜きか。懐かしいな」
「よくやりましたね。難しいんですよね」
「結構どころの話ではない。成功した試しがないな」
「あれって本当に出来上がるのでしょうか?」
「稀だろう」
そんな他愛もない話をしていると、参拝の順番が回ってきた。お賽銭を投げ入れ、二人は手を合わせた。それから、保住は露天の並ぶ車道へと歩いて行った。
「祭りと言ったら。まずはぶどう飴」
保住は、きょろきょろと周囲を見渡す。
「え、甘いのが先ですか」
「甘いのばかりでいいのだが」
「ダメです。おれは、腹が減っています」
「お前主語だと?」
「おごる側の意向も汲んでくださいよ」
「仕方がないな。……お! フルーツ飴ではないか。ほらみろ。やはりこちらが先だ」
「仕方ありません。お付き合いします」
保住は無邪気な笑を見せた。田口は幸せな気持ちになった。こうして仕事ではない場所で、彼との時間を過ごせること。なにより、澤井の誘いを断って、自分を選んでくれた彼の気持ちが嬉しかったのだ。
目を輝かせてフルーツ飴を選んでいる彼の横顔を見ていると、彼がふと自分の名を呼んだ。
「田口! ぼけっとしていると邪魔になるぞ」
「すみません」
「お前はどれにするのだ? 早く決めろ」
「おれもですか?」
「美味しいぞ。食べてみろ」
店の営業みたいな言葉に、店主は笑っていた。
「お兄さん、営業ありがとね」
「営業をしているつもりはないが」
周囲の女性たちも、保住の声につられてやって来る。
「わあ、美味しそう」
「かわいい」
「美味しいぞ。これは間違いない」
保住の太鼓判に、彼女たちは目が輝いてから熱心に飴を見はじめた。
「係長。恥ずかしいのでやめてください」
「だって……」
結局。保住の営業(?)のおかげで思ったよりも飴が売れた店主におまけをもらって、彼はほくほく顔だった。
「いい人であった」
「いい人って……」
あなたのほうがいい人ですよ、と思う。
「そういえば」
みかんの飴をほおばりながら保住は声を上げた。
「なんでしょう?」
「芽依ちゃんからよくメールが来る」
「すみません。ご迷惑ですね。芽依ちゃんには言っておきます」
「いやいや。おれはいいのだが。親御さんたちに心配をかけさせてしまわないように話をしておいてくれ」
「兄たちは大丈夫ですけど。おれのところにはたまにしかくれないのに。係長のところにはどんな内容のメールをよこすんですか?」
「それは個人情報だろう」
「そんな。意地悪ですね」
「彼女の権利だ」
保住は悪戯に笑う。そしてぽかんとしている田口の口に、小さいリンゴの飴を押し込んだ。
「ふが!」
「早く食べろ」
「係長!!」
田口は飴の持ち手をもって抗議する。
「殺す気ですか!」
「すまない、加減したつもりだ」
「勘弁してくださいよ」
田口は口いっぱいに広がる甘い味を堪能した。
りんご飴の味は遠い昔。子どもの頃の記憶をくすぐる。家族で繰り出した地元の縁日で食べた飴の味。懐かしい気持ちになった。
「なかなかいいものだろう」
ふと保住が田口を見上げた。頭ひとつ分、背の低い保住の顔を見つめるには屈まなくてはならないから、こうして彼が顔を挙げると、なんだか気恥ずかしい気持ちになった。
「懐かしい味がします」
「たまにはいいのだ。こういうことも。仕事ばかりではない。そうだろう? 田口」
「はい。係長」
二人は雑踏の中を連れ立って歩いた。その後、保住に引っ張り回されて寄ったのは、射的やくじ引きばかり。
田口は、お腹はいっぱいにならなかったけど、胸がいっぱいになった。まだまだ人混みが引く気配はない。そんな中、二人は引き上げることにした。
駐車場に向かって歩く二人の手には、子供が喜びそうなおもちゃがぶら下がっていた。
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