第5章 お祭りランデブー

第1話 初事業

「お疲れ様でした!」


 田口の声は、橙色に染まるサロンに響き渡った。小学生の子どもたちとその保護者たちは「ありがとうございます」と口々に言った。その顔には笑顔と安堵の気持ちが見て取れる。


「それでは、これにて解散となります。本当にありがとうございました。お気をつけてお帰りください」


 深々と頭を下げると、一同は拍手をして演奏会の成功を祝った。田口は胸に熱いものが込み上げてきた。


 出演者が帰宅をし、先程まで満員だった小さなサロンをじっと眺めていると、隣に保住がやってきた。彼は田口が眺めていたサロンを、一緒に見つめた。


「なかなかの成功だったな。初めてにしては、上出来だ」


「バタバタしてしまいました。申し訳ありません」


「そんなことはない。想定内。問題なしだ」


 はったとして、隣にいる保住の顔を覗き込むと、彼は目を細めて笑を見せた。緊張と反省心とで複雑に入り混じっていた感情が、「これでよかったのだ」という安堵に変わる。田口は「ありがとうございます」と頭を下げた。


 初めての企画。

 この部署に来て初めての仕事。

 ずっとサポートしてくれた彼に感謝だ。

 やっと一人前になれたような気持ちになった。


「あの!」


「なんだ」


「夕飯をおごらせてください」


「え?」


「お礼です。ここまで来られたのは、係長のおかげです」


「一つ仕事をこなすたびに、礼されていたのではキリがないだろう? 別に気にするな」


「そういうことではなくて。気持ち、なんです」


 田口は「断らないで欲しい」と心から願う。自分なりのケジメなのだから。保住は瞬きをしていたが、ふと両手で田口の頬を軽く叩いた。


「痛! なっ……?」


「見下ろすなよ」


「へ?」


「小さくて悪かったな」


「そう言う意味じゃ……っていうか、そう言う話ではないじゃないですか!」


 照れているのか。保住は少し頬を赤くした。


「じゃあ、なにを食べるのかはおれが決める」


「もちろんです」


 保住はきっちり締めていたネクタイを緩めて、いつものスタイルになると、ぷいっとサロンを出て行ってしまった。照れ隠し。田口はそう理解して、口元を緩めた。

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