第14話 心配の仕方はいろいろ
「これをなんとかしろ」
澤井は保住の体調を気遣うような言葉もなる、通常運転だ。
——澤井らしい。
澤井の部屋は、書類が散らばっている。特に応接セットの上には、向きもばらばらになって、書類が山積していた。
「随分と派手に暴れたようですね」
「お前がいないのが悪い」
「おれのせいですか」
保住はソファに腰を下ろし、テーブルの上の書類を手に取った。内容も順番もバラバラ。ページがふっているわけでもない。フォントなどの書式と、内容を精査し、保住は書類を整理しはじめる。
手伝う素振りもない澤井は、自分の椅子にどっかりと座ると「そうだ」と言い切った。
「病み上がりなんだから、もう少し優しく扱ってくださいよ」
「もう一週間休め、と言ったのに、出てきたお前が悪い」
「おっしゃる通りですけど」
書類の頭とお尻を見ながら、保住は書類を仕分けを始める。その様子をじっと見ていた澤井は、ふと声を上げた。
「どのくらいで終わる?」
「そうですね。さすがに一時間くらいは、かかりそうです」
「そうか。なら、別な仕事をしていよう」
「どうぞ、そうしてください。見ていられても仕方がない」
「いちいち減らず口を叩くんだから、調子は戻ってきたようだな」
老眼眼鏡をかけて、澤井はパソコンを眺めながら言った。
「そうですね。調子出てきましたね」
保住も書類を分ける手を止めることはないが、ふと顔を上げた。
「今回は、田口におれを預けてくれたのですね。ありがとうございます。大変面白い経験をさせてもらいました」
「別に。ただ、あいつは少しは使えるからな。お前の面倒もみられるのではないかと思っただけだ」
「そうですか」
保住は、黙り込んで作業を続けた。
悪い人ではないのは、よくわかっている。セクハラやパワハラは日常なのに、嫌いになれない自分がいることも理解している。保住の中の澤井への感情は、複雑怪奇なものであった。
「ちゃんとできたら、昼飯くらいおごってやるぞ。どうだ。嬉しいだろう?」
「局長とランチですか? あまり食欲がありません。ご一緒しても、お相手にはならないかと」
老眼鏡を外して、澤井は保住を見る。
「だからだろ。どうせなにも食わない気だ。強制的に食わせてやる」
「ありがた迷惑ですけど。……ありがとうございます」
澤井は澤井なりに心配をしてくれているようだ。かたかたとキーボードが鳴る音が響く。新人の頃を思い出した。こうして澤井に無理難題を押し付けられて、いつも彼のそばで仕事をしていた頃だ。
ふと手を止めて局長室の窓から覗く空を見上げる。夏のじりじりとした太陽が我が物顔でそこにいる。
——今年の夏は、いつもとは違った夏になったな。
田口家の人々の顔を思い出し、保住は口元を緩めた。
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